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シュークリーム食べちゃった

「それでそれで、七巻のサンキュー編なんですが! やっぱり一番は寝台特急カルデラの上での決闘! 月下にて行われるライバル同士の決戦、悪堕ちした紅椿(あかつばき)の慟哭がとてもとても! ええ!」

「あーなるほど。俺もそこ好きですね。月明かりに照らされながら血涙を流す紅椿(あかつばき)の挿絵、まさに修羅って感じで」

 

 大学内、食堂にて。

 おもちゃを与えられた幼子のような喜々とした表情で、淀むことない流暢さで語りまくる葵先輩。 

 食べ終わった唐揚げ定食の膳を横にやり、頬杖を突きながらそんな彼女の話に耳を傾ける。


 一緒にダンジョンに入った日以来、出会えばここで蒼レナトークをするようになってそこそこ。

 最初こそ面食らいはしたものの、自分でも意外なほどこの熱量にも慣れてしまえている。


 政治やタレントのスキャンダル、ゴルフみたいなまったく興味ない話ならともかく、自分も話したいなと思った作品がテーマだからだろうか。

 まあ残念ながら『蒼斧レナは戦慄(おのの)かない』で一番好きなキャラは紅椿(あかつばき)なので、蒼斧レナ推しの先輩とは被らないだが、それはそれで解釈違いとかなくて気楽だ。

 ちなみにサンキュー編とは九州吸収急襲編の略である。きゅうが三つでサンキュー、ダジャレだ。


「それでそれで! あ、も、もうこんな時間です……。すみません、毎度わたしだけが語っちゃって……」


 時計を確認して、しゅんと縮こまってしまう葵先輩。

 ……やっぱり可愛いな。顔もおっぱいもほどよくグッドだし、これがなければ間違いなく良物件。

 というかそういう話はしたことないけど、実は普通に彼氏とかいたりするのかな。そうだったら結構傷つくかも、別にBSS(僕が先に好きだった)ってわけでもないけどさ。


「そ、それでなんですけど! もし時間があればなんですけど! 学外でもお話したいですし、また一緒にダ──」

「やあ時田君! こんな所で会えるとは奇遇だね!」


 不埒で下世話な童貞心を抱きつつも、せめて顔には出さないように心がけながら。

 まるで重大な決意を抱いたかのように、意気込んでから俺へ何かを言おうとしたときだった。突如俺の名を呼びながら、近づいてきた男によって中断されたのは。


「ああ、ええとすみません先輩。今なんて言ったんで──」

「え、えっと、何でもありません……。わ、わたし講義あるので失礼しますね! では!」


 恥ずかしくなってしまったのか、聞き直すも脱兎の如く逃げてしまう葵先輩。

 後に残るはたいして親しくもない男二人。黒髪マッシュ、この前会った篝崎(かがりざき)君が、少し申し訳なさそうな顔をしながら正面──葵先輩の座っていた椅子へ腰を下ろした。


「……あーえっと、もしかしてなんだけど、かなりタイミング悪かった感じか?」

「…………気にしなくていいよ、篝崎(かざりざき)君」


 本当はめっちゃ気にして欲しい。それはもう、心の底から罪悪感持って欲しい。言わないけど。


「悪い、悪かったって。これ良かったらお詫びに。貰ったんだけど、正直食べきれなくてさ」

 

 差し出されたのは何やらお高そうなロゴの入った紙の箱。

 何かと思って開いてみれば……なんとまあ、見事に高そうなシュークリームが三つもあっちゃうこと。

 イケメンという生き物は大学内でもこんな物をいただけるのか、羨ましい……うん、超美味っ。


「お、思ったより躊躇ないんだな。なんていうか、ちょっと意外だな」

「くれるって言ってるんだからそりゃもらうよ。というか、そんな殊勝なやつなら探索者なんてやってないでしょ」

「……なるほど、それもそうだな」


 はっきり言ってやると、苦笑しながら自分もとシュークリームを手に取って食べ始める。

 本業副業かかわらず、探索者なんてやってるやつは大体欲望塗れの欲しがりばかり。

 俺だって例から漏れることはない。ただ現実がどうしようもなさすぎて、夢を見られるほどの希望を抱けないってだけだ。


 ……ま、今回はちょっとした恨みも込めてがっついたけどな。べー。

 

「ごちそうさま。それで? 大した仲でもないのわざわざ声掛けてきたってことは、何か話でもあったりする感じ?」

「食堂に知人の姿を目にしたら、話しかけにいきたくなることもあるだろう? ……でもそうだね、今日はちゃんと用があって声を掛けたんだ。同じ学部の生徒じゃなく、一人の探索者としてね」


 爽やかな笑みから一転、真面目な表情へと変えた篝崎君。

 何か面倒事な気がして聞きたくなくなったのだが、そんな気持ちよりも早く顔を近づけてくる。


「……実はさ。俺達も見つけちゃったかもしれないんだよ、隠し部屋」

「……はっ?」


 あまりに露骨なひそひそ声で紡がれたそれは、唖然としてしまうのも仕方ないこと。

 隠し部屋。つい最近巷を騒がせている、見つけるだけでモブが一躍時の人となれるあの隠し部屋。

 

 いやいや、まっさかー? あるわけないじゃん、そんな偶然が二つも重なるなんて。


「この前時田と会っただろ? あの日、俺達は日を跨いで十五階層を探索していたんだ」

「……上層に一泊ってあんまり聞かないな。確か一日以上滞在する場合の申請が必要で、上層に一日程度じゃ割に合わないって」

「ああ、ダン活の活動でさ。ダンジョン内での野営宿泊をすることになったんだけど、だったらちょっと冒険してみようって感じで十五階層にすることになったんだ」


 俺が露骨に苦い顔をしてしまうと、篝崎君は軽く笑いながら、おもむろに詳細を語り始める。

 なるほど、篝崎君はダン活所属だったのか。

 確かにあっちはダン考と違って真面目にやってるもんな。そういう活動があるのは自然、むしろは何故ダンジョン系を名乗っているのかってくらいの(ぬる)さなダン考がおかしいんだ。


「で、その探索の際に見つけたと。そうかもしれない」

「ああ。十五階層の壁に見つけた小さなひび割れ。そのときは疲労もあって帰還したんだけど、後日調べてもそんな情報は一つも出なくてさ。もしかしたらってことで、今日調べてみることになったんだよ」


 そういって見せてくるのはスマホの画面。

 映し出された画像に写っていたのは、確かに不審な亀裂の入った上層らしき赤錆色の石壁だった。


 基本的にはダンジョンが傷つくことはない。

 壁をぶち抜こうとしても、地面を掘ろうとしても、外から爆破しても意味はなく。

 それなのに採掘は出来るというのだから、まったくもって意味がわからない。まるでゲームのシステムみたいなそれは、未だ解明されぬダンジョン七不思議の一つだ。


 だからその亀裂は確かにおかしい。

 ここから詐欺の話に繋がるのでもないのなら、少なくとも根拠なしの与太話というわけではないはずだ。


「確かに大発見だな。それで? ダン活の先輩方、ダンジョン庁には報告したのか?」

「……いや、まだだよ。これは俺達が見つけた発見。確実にするためには、俺達が道を開かないといけないんだ」


 まるで言い聞かせるように話す篝崎君。

 なるほど。つまり腕の立つ先輩や他の探索者に相談すれば手柄を()られるかもしれないし、ダンジョン庁へ報告するには情報が足りない。だから自分達だけで調査し、あわよくば発見の栄誉を得たいと、そういうことか。


「もちろん無料(ただ)とは言わない。正式な依頼として報酬も出すつもりだ。協力してくれないか?」


 篝崎君が深く頭を下げながら、真摯に頼み込んでくるので考える素振りだけはしておく。

 

 正直な話、まったくもって首を縦に振る気にはなれない。

 仮に隠し部屋が事実だとして、この前みたいなドラゴンと相対する可能性がある場所へむざむざ踏み込むんだから、流石にアホとしか言い様がないのだ。


 俺一人なら時間を止めれば逃げられるかもしれないが、他の人はそうはいかない。

 そうなった場合、全滅はほぼ避けられないだろうし、運が良くとも確実に死傷者が出るだろう。


 馬鹿なことだ。三級探索者風情が欲を出せば、どうなるかなんてのは目に見えてるというのに。

 そういう未知の探求や未開の開拓なんてのは一級の仕事。三級は欲を出さず、分相応に資源を集めてお小遣い集めしていればいいんだ。


 だが一方で、パーティを組めるというのは、よその三級探索者と交流出来るのは利ではある。

 部長の言うとおり、今の俺に必要なのは人との繋がり、人脈だ。

 こういう場で人付き合いを重ねていけば、パーティを組みたいと思える相手と出会える機会も増えるだろう。果たしてどちらに天秤を傾かせるべきか。


「一つ訊きたいんだけど、どうして俺を誘ったんだ? 戦力として期待するには不足だし、外部その極秘情報とやらが

「そんなことないさ。三級とはいえ、一人でダンジョン探索出来る人は立派な戦力だよ。あまり自分を低く見ず、もっと自信を持つべきだ」

 

 流石に期待が痛い。いくらなんでも買い被りが過ぎる。

 ソロで活動しているといっても、あくまで時間停止ありき故に強きに出られているだけに過ぎない。本来の俺はどこにでもいる三級相当程度だと、俺自身が一番よく分かっているつもりだ。


「それに、俺が時田君は信用出来ると思ったんだ。一緒に課題やったとき、すごく真面目にこなしていたからさ」


 ……そうだっけ? 終わった講義の中身なんて、正直あんまり覚えてないな。


「……ごめん。やっぱり隠し部屋は怖いから、誘いは遠慮しておくよ」


 ほんの一瞬だけ悩んだ後、出した答えはやはりノー。

 どう考えても得られるものがリスクに合っていない。むしろ損が多すぎて、罰ゲームとさえ形容したくなるほどだ。


「……そっか。まあそうだよな、実際、俺も怖いからさ。断るのは、間違ってないと思うよ」

「余計なお節介かもだけど、大人しく二級以上の人に頼った方がいいと思うよ。何人で行くかは知らないけど、隠し部屋なんてものは三級の手には余る代物だと思う」

「分かってる。分かってるよ、それは。けど、やってみたいんだ。証明したいんだ。この命を懸けてでもさ」


 頭を下げて断れば、意外と無理強いしてくることはなく。

 どうせ聞き入れはしないだろうと思いつつ、素直に納得して立ち上がった篝崎に忠告してみたのだが、一言だけ呟いてから立ち去ってしまう。

 

 ……あれは止まらないだろうな。

 人には言えない事情があるのか、それとも一種の英雄症候群か。……いずれにしても、生き急ぎすぎだろ。


「……はあっ、はーあっ」


 何にせよ、知ってしまったのだから捨て置くことは出来ない。

 こんな心労、シュークリーム一個じゃとても見合ってくれない。せめて一ダースくらいは用意してもらいたいくらいだ。

 まったく、今日は青柳トワのダンジョン配信があるからオフにしようと思っていたのに、難儀なことに巻き込んでくれたもんだよ。面倒臭いな、もう。

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