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時間停止系探索者、ダンジョンの都市伝説となるも我関せず  作者: わさび醤油
時間停止系探索者とダンジョンとこれからと
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時間停止系探索者、我関せず。されど

 一級探索者による深層攻略、その模様を映していた配信はあまりに呆気なく終了した。

 ……いや、したというよりはしてしまったが正しいか。

 最後の映像。突然現れたうさぎらしい何かによって比嘉みつきが吹っ飛ばされ、紫電夜叉(しでんやしゃ)の腕が飛んだ気がして、それで映像は終わってしまった。


 ……彼らは、どうなってしまったのだろうか。

 どれだけ前向きに考えたとしても、最後に脳裏に浮かんでしまうのは最悪の光景。

 あの白いダンジョン生物によって力なく横たわる精鋭達の姿。全滅という結果にて終わってしまったという末路だった。


 少なくとも今は、わざわざ配信後の周囲の反応や感想を調べる気にはなれない。

 どうせ荒れに荒れまくってまともな情報なんてない。

 感情的に、悲観的に、そして冷笑的な感情の発露は、ただでさえ混沌とした現状をより分かりづらくさせるだけ。


 だから、どれだけ悩んだって出来ることなどないのだから、考えたって仕方ない。

 画面越しに見守るだけだった俺達に出来るのは、せめて祈ることだけ。

 彼らがあの危機を乗り越えて、誰一人とて欠けずに深層から帰還して、辛いこともあったけど最高の結果だったと誇ってもらえるのを祈るしか出来ない。そのはずだ。


「……とりあえず、コンビニ行こう。そうしよう」


 気持ちを切り替えた振りをして、ノートパソコンをそのまま閉じて、適当に外へと出る。


 ジリっと。

 デスクに置かれた燃える時計塔が目に入ってしまった瞬間、何故か過ぎってしまった嫌な予感から目を背けるように。どうにもざわざわと騒ぐこの胸を、少しでも落ち着かせるために。






 コンビニに行ったものの、結局何かするわけでもなく。立ち読みに耽る気にもならず。

 数十分の滞在の末、珍しくブラックの缶コーヒーだけを買ってコンビニを出た俺は、少し冷えた頭でスマホで色々調べだした。


 ……やっぱり予想通り、どこを見たって書かれている内容はどれも同じようなもの。

 

 純粋に心配する人達。

 一級探索者は、自分の推しはどうなってしまったのかと不安を盾に好き勝手にお気持ちする人達。

 誰のせいでこうなってしまったのかと責任を押しつけ合ったり、自分は分かっていましたとばかりに冷笑する人達。

 そもそもこの深層攻略を提案したダンジョン庁を批判したり、愉快犯か反対派かは知らないが不謹慎極まりなく彼らの失敗を喜む人達など。実に多種多様。


 実に見るに堪えない暴言の応酬。非常時だからこそ浮かんでくる人の醜い部分の凝縮。

 ヘドロよりも粘度があって汚らしい、ある意味人間らしい真っ黒なエゴの塊に顔を顰めざるを得ない。


 ……ほんと、人間という生き物は。

 何もしていない、見ているだけしか権利のない外野の分際で、よくもまあ好き勝手書けるものだ。


 軽くだが目を通してみて、やっぱりこれ以上は時間の無駄だと。

 ため息と共に電源を落としたスマホをポケットにしまい、どうにも湧いてしまった不快さを拭うように、先ほど買った缶コーヒーをごくごくと流し込んでいく。

 

 苦い。ブラックなんて普段はあまり買わないが、今はどうにもこの苦さがちょうどいい。

 同じ黒でもこのコーヒーくらい澄んだ黒であれば美しいのにと。柄にもないことを考えてしまうのは、やはり俺の心がどこか落ち着かない証拠なのかもしれないな。


 そうして飲みきった缶をそこらのゴミ箱に捨ててから帰宅し、そのままベッドへと飛び込む。

 カフェインを摂取したとはいえ、このまま寝てしまうのも一興か。

 目を閉じて、じっとしていればいつの間にか空の色は変わっていて、いつまでもこびり付いた不安も一緒に消えてくれる。何かしていた方が気が紛れるのかもしれないが、そう信じるのも悪くないかもしれない。


 そんな感じで目を瞑ってしまおうと、そう思ったとき、ふと思い出してしまう。


 ……そういえばあの燃える時計塔、どうしてか、ホムラも付けてたんだっけ。


 ふと思い出した、出してしまった些細な情報。

 微睡みの中でそれに行き着いたとき、自然と体を起こし、デスクに置いてあるあのキーホルダーを見つめてしまう。

 

 あの夜、ガチャガチャなんてもので、偶然にも火村さんとお揃いになったキーホルダー。

 深層攻略の最中、ホムラが付けていたのと同じ物。まったく同じ物。

 

 照れくさそうに、けれど心から大事だとばかりに顔を綻ばせたホムラ。

 いつもなら、そして配信中に過ぎったときだって簡単に否定出来たってのに、今はどうにも彼女の刹那の表情があの人と重なってしまう。

 そしてそこまで行き着いてようやく、このささくれのような懸念が今自分の心を占めている中で最も大きな不安なのだと、どこか腑に落ちた気がした。


 そんなわけはないと、紡いできた常識がそう願いつつ。

 けれどもしかしたらと、拭いきれない不安を少しでも払拭すべく、スマホを弄って検索する。

 こんなこと調べて何か分かるのかさえ分からないが、それでも、やらずにはいられなかった。


『燃える時計塔セレクションは、既に販売が終了しています』

「……え」


 そうして検索した直後、まずAIが提示してきた簡素な一文が、俺の頭を困惑させてくる。

 販売終了。ガチャガチャであれば完売するまで残す場合もあるらしいが、つまりあれは、もう簡単に手に入れることが出来ないもの……?


 ……そんなはずはない。

 そんなこと、あるわけがない。

 だってもしそうだとしたら、あの日、たまたま得ただけの物が、火村さんホムラが重なるはずは……そうだ、きっとホムラが嘘をついていて、実は前から持っていたのをたまたま付けてきただけ。そうに違いな──。


『約束は出来ねえなぁ。精々祈っててくれよ、なあ?』

「……っ、そんなわけないだろ……!!」


 馬鹿げた思考だと必死に否定しようとして、それでも過ぎってしまった、あの夜の彼女の言葉。

 酔ってもいないのに少し頬を赤らめて、それでもいつも通りに笑みを浮かべて。

 そうして必ず次があるのだと、いとも簡単に思わせてくれた火村さんの笑顔が崩れ去っていってしまう。


 AIなんて、所詮は適当にしか喋らない嘘っぱちだと。

 根拠のない否定を口走りながら公式サイトや他のサイトを確認してみるが、どれも答えは同じ。

 燃える時計塔は生産終了で、それを手に入れる手段なんてオークションやフリマサイトくらいしか存在していなくて。

 

 777 その辺の名無し

 そういえばあの燃える時計塔、既に販売終了してるプレミアで結構な額らしいな。どこで買ったんだろう


 780 その辺の名無し

 >>777今その話する必要ある? ちょっと不謹慎すぎるやろ


 786 その辺の名無し

 >>780ワロタ。お前の頭だとこの世の全てが不謹慎じゃねえか 


 しまいには、先ほど嫌悪した掲示板に辿り着いてもなお、同じ答えしか得られない。


 つうつうと、ノイズのように脳内を走り続けるあの人の最後の顔。

 最後に会ったときに垣間見てしまった、何かを憂いながらも健気に笑う、一人の女性の声なき声。


 ……分かっている。分かっているとも。

 俺の考えは所詮、今なお思い込み、大層な勘違いによるこじつけでしかない可能性だってあると。

 恐怖と不安によって為された壮大な妄想。誰かに語れば一瞬で矛盾点を指摘される、そんな程度なのだと。

 

 今電話を掛ければ火村さんは何の関係もないところで、いつものようなこちらの心配なんて知りもしないってくらいの軽さで出てくれるのかもしれない。

 明日になれば、明日ではなくても今日にでも、彼女の方から笑って連絡を入れてくれるかもしれない。

 

 ──それでも、俺は怖い。

 もしも火村さんが電話に出てくれなくて、そのまま二度と会えなかったらと。そんな最悪が。



「……ふうっ。──時間(とき)よ、止まれ」

 


 大きく息を吸って、吐いて、一瞬喉奥へと引っ込めてしまいそうなりながら。

 それでも唱える。いつ以来か、それでも唱える。最近止めようと思えなくなってしまっていたのに、それでも何故かスルリとそれを唱えてしまう。


 瞬間、音も景色も何もかもが静止する。

 俺以外は音も光も時間でさえも動くことを許されない、まさに自分だけの世界。 

 随分と久しぶりに思えてしまうこの世界に、ほんの数瞬だけ感傷に浸ってしまいながら、すぐに気を改めて準備を整えていく。


 俺に何が出来るわけでもない。

 俺なんかが単身で深層行った所で何か出来るわけでもない。

 止まった時間(とき)の中を歩いたって、深層なんて場所じゃあ野垂れ死ぬだけ。かつてあの餞別の橋さえ越えられなかった俺が、深層で日本探索者の最高峰へ手を貸せるかもだなんて傲慢の極みでしかない。

 そもそも、俺が何かしてしまえば、余計に事態を悪化させるだけになってしまうかもしれない。


 それでも、ジッとなんてしていられない。

 見てしまったのなら、そうだと思ってしまったのなら、もうどうにもならない。

 自分の選択で自分が死ぬことよりも。

 奪われることの方が、失ってしまうことの方が、俺はずっとずっと恐ろしくて耐えられないんだ。

 

 ……父さん母さん、ごめん。

 あんたらのお金で大学通わせてもらったけど、俺はやっぱり賢くなんて生きられない、親不孝なただの馬鹿だ。

 

 決意も覚悟も実力も、何もかもが中途半端だと自覚しながら。

 一度部屋を軽く見回して、「行ってきます」と自然と呟いてしまってから、部屋から出る。


 向かう先は東京ダンジョン、深層。

 たった一人で無謀なのは重々理解しながら、それでも遺書を残さなかったのは、きっと意地だ。

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