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紅葉のランデヴー  作者: 上田真希
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第一話 滅亡の戸口。

 


 一九一四年、サラエボ暗殺未遂事件が発生してから、チェコやトランシルヴァニアでは独立運動が活発化していた。ボヘミアでは、チェコ人の知識人や学生を中心に、帝国からの分離独立を求める声が高まった事をきっかけに周辺諸国が内政干渉を行い第一次世界大戦が始まった。


 第一次世界大戦は協商の勝利に終わったが、戦後には戦争特需の恩恵を受けていたアメリカの大不況をきっかけとして世界恐慌が巻き起こり、社会主義者の台頭や、ファシズム主義者による弾圧が起こり世界中で内戦が勃発。


 日本では社会主義者と軍閥、文民政府の三勢力の内戦が勃発し、混沌の一途をたどった。内戦終結後に全てをリセットし、文化の共栄を目的として統合共栄政府が樹立されることとなったが、それは日本政府中枢の世界征服思想が反映されていたものだった。


 ファシズムと直接民主主義を融合させた奇妙な国家は世界中で高まる統一運動にいち早く参入し、経済的に、時には侵略をも辞さずに今日までの世界秩序を築いてきた。


 そして一九七六年に世界は統一された。



 ——―統一歴二〇年七月二一日夜国民審査委員会本部前


『国民審査委員会は、異例の事態に対応するべく、軍の非常呼集をかけました。委員会議長は今回の事態はすぐに収束させることを宣言し、国民は政府の指示に従うように協力を呼び掛けています。』


 遠くで爆発が起こる。窓が揺れて怒鳴り声が響いている。


「戦争、反体!戦争、反体!」


 信号はずっと赤く点滅し、若者はそれに上って黒色でバッテンを描いた旭日旗を掲げている。


『現在、非常事態宣言が発令されています。直ちに解散しなさい!』


『議会前占拠中の群衆約二千、依然として防衛戦を圧迫中。現有機動隊のみでの対応は困難と思われる。繰り返す...』


 ガソリンと酒、ナパーム化合弾の化学臭が混じり合い、辺り一帯は異様な雰囲気となっている。群衆は反戦デモと称して決起を起こし、火炎瓶や角材、石を投げつけて国家憲兵隊と衝突寸前だった。


 ―——同委員会本部安全保障理事会第一会議室


「軍部は予算削減と軍縮が続いていたからな...現状、即応投入できたのは列島では一万人ほどしかいない。諸外国も含め、疎開先の選定を行い、段階的に非難と交戦の両方をこなしていかなければならんよ。今どうなってるのそこらへんは。」


 十名の委員と指導院、安保組織の政務官など、他機関が集まり緊急対策委員が開かれていた。通信インフラが断絶され、紙媒体での伝達が行われた結果、資料がばらばらに散らかって、どこに何があるのかも、そのころには誰もわからなくなっていた。


「特務委員会より報告します。現在、地球外文明による攻撃の影響で月面上の兎基地にいる特務機関工作員は全員地球へ帰還していますが、一般市民含め百名近くが取り残されたままです。回収ロケットを打ち上げるか軍隊を常駐させる必要があります。以上です。」


「君たちだけか。帰ってきたのは。国家の怠慢だといわれても仕方がないぞ。なぜ民間人を優先しなかった。」


 批判の声が飛んだが安保関係者の顔色は変わらず、むしろそれで活気を帯びたようだった。官庁に勤めている者たちの血色は青白いが、現場での実務経験があるものの血色は鮮やかだ。彼らの間でイデオロギー的な食い違いがあるのはいうまでもない。


「情報工作員の教育費用は一人当たり約一千万ほどかかり、人材の保護を目的とした戦略的な退避です。」


「議長!話をややこしくしてはなりません。まずは、彼らの目的がなにかです。」


「そうです議長。まずは彼らの目的を確認した上で、攻撃・交渉・調査を行う必要があります。協議会ごとに危機管理委員会を設置させましょう。」


 多様な意見が錯誤する中で、対応は迫られている。官僚に負けじと軍人たちは声を徐々に徐々に大きく、何度も繰り返すように言っていた。


 公安委員会や軍事院の政務官が、これ以上の議論は無駄だと言っているかのように、議長へ何度も問いかけた。議長がそれに耳を傾け、立ちあがったその瞬間、場の空気は一気に冷め、飛び交っていた声は一気に、さっきの騒乱から遮断された。


「そうだな。管理委員を作るのには同意だ。ひとまず、一刻も早く世界全体の様子を把握しなければ......ここで決議を取る。地域協議会における危機管理委員会設置に賛成の者は立ってくれ。」


 議長は様子を見つつも、議事録団の用意が整ったことを横目で確認しつつ、採択決議を行った。


 二人ほど反対したのか、座って腕を組んだままだったが、おおむね賛成のようだ。


「では地域協議会にて危機管理委員会設置を行う。即時通達を行うように。予算は臨時治安維持予算から切り崩して使うのだ。予算の再編を行い、軍縮を解除。国民投票はシステムダウンのため事後に回して、全ての安保関連組織に対して戦時体制の移行をさせる。全ての責任は私が持とう。陛下へ発表の原案を作成して明日朝に行っていただこう。」


 その言葉は少しだけの重厚感と落ち着きがあるようで、ゆっくりと丁寧に、なおかつはっきりと聞こえていた。しかし、それから長くたたないうちに乱雑な騒音にまみれる部屋へと舞い戻っていた。


「えーでは、緊急対策委員会はこれにて終了し、安全保障理事会を招集し、統合軍帝都総本部へ移動ののち、危機管理中央委員会を設置します。以上。」


 その声と同時に大臣などは移動をはじめ、会議室のドアが開かれた。熱気とまでは行かないものの、汗とインクが混じり合った匂いが、その部屋を抜けて廊下へ充満した。


 本部前の憲兵隊は暴徒へ肉薄し、ヘリの着陸エリア確保を始めていた。暴徒はそれに呼応し反発するが、なすがまま押されるだけだった。


 会議室から抜け出した官僚たちは暴徒を見つめる。時折、目が合って殺気に近い何かを感じるが、官僚はどことなく彼らを見下すような、その様に冷たく見下ろすだけだった。


 —―—第二首都東京協議会前広場危機管理委員会設置から五時間


 危機管理委員会が設置されてから五時間が経過し、深夜になった。しかし外では国民審査委員会から流れてきた暴徒がここで暴動をし始めていた。


 憲兵隊は管轄外だと、出動が遅れ、担当責任者は朝に到着すると言われ、治安維持部隊が対応に当たっているが、銃器を装備した部隊なだけあって、暴徒もそれに呼応するかのように過激になっていた。


「我々は治安維持部隊である。戒厳令が敷かれているため、ただちに解散せよ。繰り返す我々は治安維持部隊である......」


 そこには千人ほどの群衆が、火炎瓶やら石やらを部隊へ向けて投げつける。放水車は前に出るものの効力は今一つ。群衆はそれに慣れているようだ。


「放水車前へ!右手から押されるぞ!」


 部隊のリーダーは後方の車両の上から指示を出している。汗が流れ、息切れをし、血管が浮き上がっている。


「大隊指揮所より伝達...帝都より接近中の群衆約二千がこちらに向け進行中。即時対応されたし......」


「連中、戦略指揮系統を構築してるな...テロリストが紛れ込んでやがる。指揮所へ連絡して第五中隊をテロリスト鎮圧へ向かわせる許可を取れ!」


「はい!」


 近くで爆発が起こり、熱風が頬にあたり痛みが走る。


「一班!催涙弾撃て!」


 暴動は時がたてばたつほど過熱化していく。しかもそれらは日本だけでなく世界中で発生していた。いずれもその背後に暴力組織や何らかの犯罪が絡んでいたことは言うまでもない。統一反対主義者であったり、無政府主義者であったり社会主義者...それらは多種多様だが、一貫して若者が中心となっている。彼らはパワフルで、政府は日々、対応に手を焼いている。


「これ、プレゼント。大きいプレゼントはほかの人が配るみたい。」


「そうかい。先もどっとれ。こいつは土産のプレゼントだ。種が入ってるからおとさんようにしいや。」


 暴動が起きていても、戦争の火花がすぐそこに落ちても、人々に営みはある。少女と老人が二人。騒がしい町の中でひそかに荷物の受け渡しをしている。


「じゃあ気を付けて。」


「おうっ!」


 二人は別れ、少女はある程度歩いたところで一度振り返り、男を探したが、その後ろ姿を見つけることはできなかった。


「おい、いてぇなぁ、気をつけろ!」


「くっ、押すなよ。」


 老人は群衆の中へ突っ込んで行く。空気を切り裂くように俊敏に進み、機動隊の眼前まで迫ったとき、プレゼントのピンを抜いて、放水車近くの防御陣へ放り投げた。


 盾の前にそれは落ちてきたがしばらく何も起こらず、ただ投石したかと勘違いした機動隊が前に出てくる。一歩一歩近づくに連れ、タイマーのような、秒針が進んでいる音が聞こえる。


「投擲物正面眼前!退避し...」


 言い終わる前にそれは爆発した。機動隊の盾が空へ舞い上がったかと思うと群集の一部が、それにおびえて後ずさりしている。


「梱包爆弾だ...」


「放水車前へ!」


 群衆は火炎瓶を投げ、それに混じっていたナパームがうまく引火して機動隊員を焼き尽くす。


「中隊全体!前へ!全員検挙!押し込め!」


 擲弾等を構えた隊員が前に出てきて、射角をつけて暴徒へ向けて発砲した。一方の暴徒は陣形を崩して散り散りに逃げ出した。数発のガス弾がその背中に命中し、骨を時々砕いた。


 暴徒が背中を見せて逃げ出すと、機動隊は警棒を右手で振り回しながら突入してくる。


 ガスと機動隊が群衆に溶け込み混ざり合っている。中ではグチャグチャに混ざり合って混乱は水紋のように広がっていった。


 一方で、そこで謀略を企てていたテロリストたちは、その地下で合流していた。


「あぁ、やっと来たか。」


「おお。連中、吹っ飛んでたわ。」


 老人は覆面を取って、現れた素顔には若い男の顔があった。


「よし!移動だ!」


「お嬢、お前はもう帰っとれ。これは手土産だ。親御さんに上手いもんでもこうたれや。」


 老人だった男はさっき別れた少女に五千円と小銭を少し渡して、頷いて駆け出していった。少女はまたその背中を見つめて、その姿が暗闇に消えるのを待ってから、歩き出した。


 薄暗い、地下下水道。ジオフロント開発の影響で、ところどころ使われなくなり、そこから流れてくる腐った水は、鼻を鋭く突き刺してくる。


 深い暗闇。ただ、懐中電灯で決められたマークをたどりながら進んでいく。時々その光が流れて来る缶を照らして反射光をもたらすが、今回は違った。


 流れて来る...というよりは遠くから微弱ではあるが、薄く赤い光が徐々に飛んで近づいてくる。


 ......憲兵隊だ。


 光からは音が聞こえる。ドローンの耳を苛立たせる蚊のような、蠅のような音が。狭いトンネルに乱反射している。そんな音が耳に入ってからそう早くない。その音の反対へと走り出す。


 ただ、音は走っても走っても、はるかに速い速度で近づいてくる。


「きゃ!」


 ドローンが頬をかすめ、皮膚が裂ける。鮮血がさらりと垂れる。少女はその場に倒れこみ、その場でうずくまってしまった。


「こちら哨戒小隊一班、三号地下電通道にてテロリスト兵站要員と思われる少女一名を確保。」


「動くな腹ばいになれ。」


 すぐさま部隊の連中に囲まれ、銃を向けられる。銃剣の先はライトの光が反射して黒い光沢を発していた。方の腕章を見るに、国家憲兵隊だろう。


『地下中央、敵本隊と思われる機影を確認。〇二案を採択し、このまま二面での奇襲を行う。』


 通信の音が漏れて微かに聞こえる。彼らは挟み撃ちにあって、殺される。


「うわぁ!」


「ぐふぅ...」


 隊員の腹に向けて突進する。少しでもいい、妨害さえできればいい。


「く...」


「撃て!逃がすな!」


 隊員は銃口を向けたが、対応が間に合わず、倒した隊員の銃剣を拾った少女は腹を突き刺した。


「ぐがぁかぁぁ!」


 そのまま少女は煙幕のピンを抜いて、隊員は後退りしつつも、煙幕弾の爆発で腹が焼けた。


「射撃やめ!射撃やめ!」


「こちら哨戒小隊一班!捕虜の抵抗で一名重症!回収班を要請!おくれ!」


 なにか、隊員たちがしゃべっている声が聞こえた。ただ、私はそんなことも気にせず、ただただ、走って包囲網を抜け出そうと、兎のように逃げていった。


 —―—神奈川AM:05:00 マツヤマ共同体兵器開発工場


『過激派テロ組織、反政府統一前線は、国民審査委員会の協議会危機管理委員会設置の緊急政策決定に合わせ、梱包爆弾やガス兵器爆弾。政府の機密書類などを盗難したとみられており、国家憲兵隊においては一名が死亡し、政府は関東管区での超法規的な治安維持部隊の行動を認めるとともに、反政府ゲリラ一掃を掲げた新たな予算編成を開始しました。』


 兵器開発室の温度は、夏でも涼しく、明け方の太陽はそれを徐々に熱し始めた。鈴木は上司のもとへ呼び出され、部屋の扉の向こうから漏れてくるテレビの音を耳へ入れながら、上司の話を聞いていた。


「君は開発室長としてこの工場に貢献してくれた。だから君がいなくなるのは惜しいが...」


 鈴木は部屋を出て事務室へ戻る。田辺が鈴木の椅子へ座り、開発室共有のテレビを見ながら暇そうに手いじりしていた。


「鈴木なんか言われたか?」


「メンバー二人を連れて政府の兵器開発を行うようにと言れたよ。世界中でこの緊急動員があるらしい。」


「ほーん」


 室内は扇風機がそよ風を作り、部屋の空気を冷やしていたが、上司の部屋とは異なってコンピュータがある影響か、生ぬるい。


 数分...いや数秒だろうか、アナウンサーの声だけが響く。デスクに突っ伏して寝ている者や、寝袋で寝ている者、室内全体は眠気に包まれ、目の下には皆、クマができていた。時計の針は五時三十分を指している。もう少しで朝の町内放送が始まるころだろうか...


「鈴木、腹減らないか?」


「ああ。少しな。」


 疲れて呂律が回らない。舌を噛みかけてしまった。


「今日は遠出して下町まで行くか。」


「ああ。」


 トレンチコートを着て、扉を開けて廊下へ出る。冷たい空気が体を蝕むが。コートがそれを防いでくれた。すぐ後に窓から届く日の光が、微弱だが温めてくれた。


『東京危機管理委員会より、治安維持部隊による戒厳令が敷かれました...』


 テレビをつけっぱなしで、棟の守衛室が無人になっている。


「いないな...」


 身を乗り出しても、ただ直管蛍光灯が衰弱に点灯して、それに群がっているコバエだけしか見えない。


「まぁ、外出記録の書類ここにあるし、ささっと書いていこう。」


「ペンは?作業着置いてきちまった。持ってるか?」


 田辺はポケットを弄り、鈴木へ問いかける。胸に手を入れて探ってみると、古いペンが一本だけ入っていた。


「一本あったわ。」


「お前ずっと入れっぱなしだっただろ。」


 小言を言いながら書き進める。廊下には寂しく、ペンがこすれる音だけが響いていた。それに時計の針がリズムをつけて奏でている。


「よし、行くか。」


「何食うよ。」


「タコスの上手い屋台が出来てたはず。そこいこうぜ。」


 外に出ると木々の香りが漂ってきて、遠くの方から鹿がこちらの動きをうかがっているのが見える。ジオフロントから少し離れた郊外。ここから町を見渡すと、深く掘られた地中の下に広がる商業区画の明かりがつき始めている。


「おい鈴木、あれなんだと思う?」


 田辺は立ち止まって空を見上げている。目線のその先を見つめると、無数の流れ星がはっきりと光輝いて見えた。それは青白く、まばゆい光を上げている。


「...軍事衛星か。」


 破片が散らばり、それらは大気圏突入の摩擦で燃えている。


 いつからか、ジオフロントの方向から緊急アラートのサイレンが鳴っている。


「タコスはお預けだな。」


 強い風が正面から吹いて、インバーテッドプリーツがあおられて揺れる。風はジオフロントの音を鮮明に伝えてくれた。サイレンやヘリのローターが回る音。


 ふと、その音に聞き耳を立て、何かが近づいてくるような、そんな音に気付いて凝視すると、治安維持部隊の輸送ドローンが無数に向かってくる。


「見えるか?」


「ああ。」


 ちょっとした不安が心をよぎる中、徹夜の疲れでその場に座り込んでしまった。


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