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紅葉のランデヴー  作者: 上田真希
1/3

序章:次が、始まる。

 


 私は、間違いを犯したのだろうか。


 いや、私は間違っていたのではない。ただ、時が進むにつれてその様に、なっただけだろう。



「〇一、目標、神社拝殿より鳥居へ移動。送れ。」


『こちらHQ確認、フェーズ三へ移行。捕縛班は回収地点〇一へ移動開始。』



 人類は一つの政府に統一され、一年前から統合政府がその全てを管理していた。


 急増する人口とそれに伴う急速な環境破壊。もはや日本における四季は無く気温は乱高下を繰り返し世界各地で異常気象が進んでいる。


 環境保全のために超効率化されたジオフロント都市開発によって地方の経済や文化は衰退し、多様化された文化を保証するために作られた政府は、それに矛盾するように文化を衰退させていた。


 経済格差の拡大によって、それが影響した結果、時代遅れな兵器を利用し、反体制的な活動を行うテロリストや、薬物売買や人身売買を生業に活動する犯罪カルテル。


 世界が一つへと単調化したと思えば、それは”エントロピー”の法則が作用するかのように複雑奇形化していくのみであり、この世界の行き着く先はどこなのだろうか。そう考えるばかりの日々だった。



「〇二、目標ロスト。移動許可を求める。送れ。」


『こちらHQ了解。〇二の移動を許可。ポイント四へ移動せよ。送れ。』



 私は、温かく楽しい様に偽造されたこの「楽園」を、冷たく困難で死屍が散乱する様な「地獄」へと変える用意は出来ている。



「〇一、目標、鳥居を抜ける―——」



 そう、私は―——



「総将。今、この瞬間だけでも階級呼称で呼ばせてください。これが、あなたのと最後になるかもしれませんから。」


「......いいだろう。柏木中佐。許可する。いや、もはや中佐の位ではないな...」


 短い秋の、爽やかで、丁度よい空気が、盆地の山々に乱反射してこちらへ吹いている。


 大自然は大きく、その大地が呼吸をしているかのようにも思える。いや、実際に呼吸をして、生きているからこそこのように美しい景観と、生きて行く為のリソースを提供してくれている。


「総将、本当にこのままで良いのでしょうか?私には心配でならんのです。」


「あぁ...確かに、君が私のもとに来た時から、臆病者であったな。しかし大丈夫だ。計画は順調。その臆病な性格が功を奏すだろう。明治時代から継がれてきた計画を君は本気で成し遂げようとしてきたではないか。」


「しかし...」



 突然風が上向きに吹いた。男はハンチングキャップが飛ばないようにブリムを颯爽と指でつまんだ。



「私は秋が好きだ。まぁそんな秋の季節で逮捕されると思ってもいなかったがな。」


「......」


 風が吹いた直後、冷たい空気は、肌を荒々しく撫でる。もうじき、耳の耳介や、鼻の鼻尖が痛くなる季節が来る。熱いのも寒いのも嫌いではあるが、時間は無情にも流れるし、環境も、それに合わせて変化するものだ。


「おっと...迎えが来ているようだ。ご丁寧にね。」


 あたりの違和感に気づき、目線だけを四方へ散らばらせる。


「総将...憲兵隊が我々を...」


「ああ。分かっているとも中佐。君は別で迎えが来る。私が手配しておいた。だから安心して下で待っているんだ。」


 キャップをさり気なく柏木へ預ける。彼は総将のウエストラインを目を落として見つめ、気を使いながら慎重に、それを受け取る。


 柏木は彼を真っすぐと見送れなかった。最後であると分かっているのに。それだけが、心痛となって彼を滅多打ちにした。


「所属、国家憲兵隊帝都特殊作戦群第一作戦大隊。本日をもって、貴官の八島機関総将の任を解き、安全保障理事会の管理下に置くものとする。」


「ああ。分かっている。無駄な挨拶も形式的儀式もいらない。早く私を連れていけ。」


 男を憲兵隊の隊員が、はたから見れば強引に、男からすれば緩やかに、車の中へと押し込む。


 後続車には陸軍の元帥が、直々に赴いて、高そうな座席に暇そうに座っているのが、うっすらと見える。また、その隣には国民審査委員会特務機関の委員長がいるようだ。


 車の扉が閉められた。軽く短い音が、まるで水滴が水面に落ちて沈んでいくように、周辺に響くのが聞こえる。私自身、その通り落ちていくのであろうか。



 柏木はただ、彼が見えなくなった車を見下ろし敬礼をし続けていた。その時は、その時だけでも―——と、真っすぐ、直視している。


 しばらく、無音がその場を支配し、やがて軍用車と高級車のエンジン音が聞こえたかと思うと、複雑に絡み合って遠く、消えていった。


『行動終了。総員、回収地点へ移動を開始。』


 柏木は一人取り残され、その場は何もなくなった。


 ただ、時間が過ぎていくばかりで、来るはずの迎えをこれほど待ち遠しいと考えてしまったのは、彼の中で初めての事だった。



 ―——統一歴二〇年(西暦一九七九年)紅葉のランデヴーから二年。


『鈴木さま。鈴木さま。おはようございます。おはようございます。おきてくださいませ......』


 それは小さな精神疾患患者治療を主目的として開発された機械自立AI搭載ペット「ムゥmini」。それが私の布団に頑張ってよじ登り、足をつんつんと、鋭く丸みを帯びた体でつついてくる。蹴られないと、安心しているのだろうか。


「あぁ...おはよう。もう少し寝かせてくれ。」


『駄目でございます...起きてくださいませ。』


 しつこく何度も言ってくるので、それを叩き潰したくなる気持ちを抑えながら、ゆっくりと体を起こす。微かに隙間が見える引き窓から赤白い光が、瞼の隙間から目に入る。僅かな眩しさを感じながらも、右手で顔を覆った。


 今日も今日とて特段、変わったことはないのだろう。いつも通り退屈で、少しだけイライラする朝だ。肌に突き刺さる光は、それを少しばかり、暖かみと共に緩和してくれた。


 スマホを右手で取ろうと、腕を伸ばし、指を伸ばし、それを掴んだ。しかし、分厚くて重たいそれを上手くつかめず、地面に落としてしまった。


 鈍い音が鳴ったと思えば、ひび割れるような音が部屋全体に短く響き渡り、鈴木の鼻先からは、じれったい脂汗が噴き出した。


「ちっ...」


 思わず舌打ちしてしまった。ペットは驚いた表情で見上げてくる。


 そんな無邪気な目で見るな。


 朝はとにかく、どうしようもなくイライラする。イライラを抑える薬が開発されれば箱買いしてもいい。



 ふと、外へと、光の降るその元へ目を向けた。町内放送の音が僅かに、室内まで届いている。その声は窓枠を小さく振動させている。


『......今日のお天気は晴れ、最高気温は28度と予報されています。引き続き、熱中症には十分お気を付けください。』


 町が、ジオフロントが目を覚ます。深く掘られた縦穴に風が吹き込み、木々草原を揺らしている。


『鈴木さま、メッセージが届いています。』


 ムゥからの声はテーブルにあるスマートスピーカーに移動していた。声に従うがまま、スマホの電源をつけると田辺からの不在着信が何件かあった。


 折り返すのも面倒臭いので、せっかくの休日を謳歌するためにも、それを見なかったことにした。


「朝食は何にすればいい?」


『はい、冷蔵庫に卵と冷凍ご飯、パントリーにはインスタント味噌汁がございます。卵かけご飯とお味噌汁はどうでしょうか?』


「そうだね」


 キッチンへ向かい、レンジへ冷凍ご飯を入れて加熱。湯沸器に水を注いでスイッチを入れる。何てことないその動作は、日常的に繰り返し、ループしているような、そんな感覚に近い。


「さて......」


 何分か経って、温かい食事をテレビの前までもっていく。最近買った液晶の大型テレビで、ネットに上がった動画を見るのが、最近の日課だ。


 リモコンで電源をつけると、なにやらニュースキャスターが不穏なニュースをしている。最近は統一後の混乱も少なくなっては来たが、反政府勢力と政府勢力の図が整っただけなのかもしれない。国家間の戦争はなくなったが地域でのミクロな戦争は続いている。


 アプリを開いて、動画を再生する。雑学系、都市伝説だとか、そこら辺を最近は見ている。有意義とは言えないがいい暇つぶしになる。ムゥも隣まで来てテレビを見ているようだ。


 味噌汁の湯気が揺れているうちに飲もうと、そっと口へ近づけて息を吹こうとしたとき、突然、うるさい金切り音とともに、テーブルに置いている赤い公用の携帯が鳴った。


「ぶふぅ!」


 味噌汁を溢しそうになりながら、携帯を急いで開くと、一通のメッセージが届いている。中身を確認すると緊急呼集がかかっているようだ。軍隊が迎えに来るとも記載されていたので、何かしたのかと不安になる。


「なんなんだよ...」


 ため息をついていると、それを遮る様に私用の携帯が鳴る。今度は田辺からで、その形態の音はいつもよりもけたたましく鳴っているように感じられる。


 めんどくさいが、応答しないと後で面倒くさいことになりそうなので、いったんは出ることにした。


「はい...もしもし...」


『あ...やっと出たな!何度も連絡したのに!今、メール行ったの見たか?』


「ああ、見たよ。大変だな。」


『何言ってんだ!テレビ見ろ!地上波で!大変なことになってるぞ!戦争だ!』


「え?」


 鈴木は急いでテレビをつけると、さっきのキャスターから変わって政府の公共放送に代わっている。


『えー、この度、地球外の文明......正体不明勢力からの宣戦布告が正式に確認されました。この映像は有線地域電波塔より各ご家庭へ送信されております。えー、現在、正体不明勢力より、軍事衛星システムが破壊され機能不全に陥っております。』


 鈴木はただ、その映像と携帯から聞こえる声を聴き、その場で唖然とするのみだった。味噌汁の湯気は、いつの間にか消えていた。


拝啓


皆様におかれましては、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。このたび、「小説家になろう」におきまして、私の新作小説を公開させていただくこととなりました。お時間がございましたら、ぜひご高覧賜りたく存じます。


また、同作品を「カクヨム」にも掲載しております。双方のプラットフォームにて、多くの皆様にお楽しみいただけましたら、誠に幸甚に存じます。ぜひご感想をお寄せいただけましたら幸いです。


今後とも変わらぬご愛顧のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。


敬具

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