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大食の侵襲 -異世界からの肉食獣-  作者: 林海
第一章 相馬県立鷹ケ楸高校

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第96話 刺し違える


 僕たちは階段を駆け下りる。いつの間にか先頭は鴻巣、そのすぐあとを北本が追っている。最後の踊り場に着き、1階の生徒玄関見渡せるところで北本がつんのめるようにして足を止めた。他のメンバーも、足を止める。


 階段の一番下に蒼貂熊(アオクズリ)がいた。

 尻尾がゆらゆらと揺れている。そう、尻尾が見えているのは、その頭が非常口の方を向いているからだ。そして、その視線の先には非常階段の降り口と、駆け出している1年生が見えているに違いない。


 僕がそう現状把握したときに、あろうことか足を止めなかった鴻巣は、吹上から槍を1本引ったくって、そのまま踊り場の数段降りたところから蒼貂熊の背中めがけて跳んでいた。その咄嗟の決断は、あらかじめ決めておいた行動を取ったかのようだった。

 そして、その空を飛ぶ背中に我に返った北本が、抱えていたガラス瓶の1つを蒼貂熊に向けて(ほう)っていた。

  

 次に起きたこと、僕はその隅々まで一生忘れないだろう。

 蒼貂熊の尻尾よりの背中に着地した鴻巣は、その勢いのまま3歩走り、持っていた槍を蒼貂熊の後頭部の装甲みたいになっている部分と背中の毛が生えている部分の継ぎ目に突きこんだ。

 その次の瞬間、北本の投げたガラス瓶が蒼貂熊に当たり、砕けた中身の液体が蒼貂熊の全身に降り掛かった。それに足を滑らせた鴻巣が、蒼貂熊の首辺りにしりもちをつくようにして跨っていた。その頭の上すれすれを、蒼貂熊の巨大なアナコンダのような腕が飛び去っていく。足を滑らしていなかったら、その爪で鴻巣の胴体は真っ二つになっていたはずだ。


 鴻巣は、槍を抜いてさらに同じ場所に突きこむ。たった今、幸運で生命を拾ったことにも気がついていないらしい。

 だけど、そこまでだった。蒼貂熊はその巨体を横に倒して、鴻巣ごと壁に叩きつけたんだ。壁と蒼貂熊の巨体に挟み込まれた鴻巣は力なく床に落ち、蒼貂熊もまたそのままの体勢でへたり込んでいた。



「……やったのか?」

 そう呟いたのは奥だ。

 僕は、呆然としてなにがなんだか、まったくわからなかった。鴻巣は、なにをしたんだ?

 なんで命がけで、こんな無茶をしたんだ?

 1年生に襲いかかるのを阻止するために、即時で強力な対応が必要だったのは事実だ。だけど、事前の話し合いどおり、自分まで跳ばずに槍を投げたって良かったはずだ。いきなり刺し違えるって、どうしちゃったんだ?


 吹上が階段を慎重に降り、槍を構えて蒼貂熊に向かう。僕も、真っ先に蒼貂熊が無力化されているかを確認した。蒼貂熊はもう動けないようだ。背中はオレンジ色の血で汚れていて、今もその血はとくとくと流れ続けている。もしかしたら鴻巣は、蒼貂熊の脊髄と言えるような器官を切断できたのかもしれない。そして、その身体からは、悪甘い体臭と同時にハンドソープのにおいがしていた。


 ああ、なるほど。

 北本が投げた瓶には、これが入っていたんだ。石鹸水だから、蒼貂熊の体毛もそれを弾くことはない。現に、その体毛は身体にぴったりと張り付いている。北本は、蒼貂熊の聴覚を奪ったんだ。すごいことを思いついていたんだな、北本は。

 その違和感もあって、蒼貂熊は鴻巣への攻撃を外したのだろう。


 蒼貂熊の前に回ると、宮原と僕が射た矢が3本刺さったままで、3対6つの目は1番上の1対以外ほぼ崩れていた。僕はその矢を抜きながらため息しか出なかった。こんなになっていても、蒼貂熊はなお僕たちを喰おうとしていたのか、と。


第97話 つぐない

に続きます。

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