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大食の侵襲 -異世界からの肉食獣-  作者: 林海
第一章 相馬県立鷹ケ楸高校
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第95話 走り出す


「よしっ!!

 じゃあ、生徒玄関に向けて僕たちも走るぞ」

 僕の宣言に、坂本が異議を唱える。

「もうちょっとだけ待ってくれ。槍がまだ完成していない。あと6本、もう少し手がかかる」

 その声を聞いて、走り出す順番を待っている3年生男子がわらわらと集まって、槍を作り出してくれた。人数の力は偉大だ。1本あたり3人も張り付いている。これならあと数分で済んでしまうだろう。


 僕たちは、それで生じた短い時間も無駄にしなかった。

 梅酢を制服に振りかけあい、鎧を身に着けた気分になった。そして、空になったビン類を宮原と北本が抱え、「水を汲みに行く」と言ってトイレに行った。籠城戦ではないけど、水の確保は重要だよね。それに女子は、トイレ、行けるときに行っておいた方がいい。

 そしてほどなく槍が完成し、宮原と北本も戻ってきてくれた。その間に、僕たちは上履きと靴下を脱いで裸足になっている。上履きを履いたままだと足音がするし、靴下を履いたままだと滑ってしまうからだ。このあたりの指摘は坂本だったけど、さすがは空手部だな。


「槍づくり、協力を感謝する。地域防災センターで会おう」

 僕の声に、3年生男子たちが片腕をあげて応える。

 続いて僕は、殿(しんがり)部隊に向き合う。

「改めて言う。全員で生きて帰るからなっ。殿(しんがり)部隊、行くぞっ!」

「任せろ」と坂本。

「了解」と奥。

「Go Go Go!」と右手を上げて佐野。

「わかった」と北本。水の入ったガラス瓶を布で括って何本も抱えている。ずいぶんと重そうだ。

「重い」と実際に口にしたのは、10本の槍を抱えた吹上。

「うん」と宮原。宮原は上原の弓を持っている。やっぱり、吹き矢の筒よりこっちの方が宮原には似合っているな。僕たちにはまだ真っ直ぐな矢が3本、曲がっているけどなんとか飛びそうな矢が2本ある。

 ……そして。

「いい加減、拘束をほどいてくれてもいいだろっ」と鴻巣。

 全員、士気は高いぞ。これなら戦える。

 それから鴻巣。お前を縛り付けたベルトは今から外してやるから、そんな恨みがましい目でこちらを見るのはよせ。


 1年生の第一陣が、喜多を先頭に走り出した。

 僕たち殿(しんがり)部隊は、赤羽、宮原、北本が家庭科室に行ったときにベランダ側に開けたバリケードの隙間から廊下に出て、階段を駆け下りた。

 裸足の足の裏が痛いけど、これで死にゃしない。地域防災センターにたどり着く頃には足の裏の皮がずる剥けになっているかもしれないけど、それだって構わない。今は音が立たない方が大切なんだ。


 で、だ。

 僕が、生徒玄関を蒼貂熊(アオクズリ)との戦いの場に選んだのには理由がある。まず、生徒玄関からは、2階の来客用玄関に登る階段が邪魔して、外を見通すことができない。つまり、非常階段から駆け出していく生徒たちを見ることはできないんだ。

 それに、生徒玄関には下駄箱がたくさん並んでいて、それらがバリケードには及ばないにしても蒼貂熊の行動を阻害するには十分な障害物になってくれるはずだ。どう見ても、筋肉の塊の蒼貂熊の下半身の幅は、下駄箱の設置幅より広いんだから。だからこれ、蒼貂熊には障害物でも、僕たちの行動にはまったく邪魔にならないってことだ。下駄箱の陰に隠れて不意打ち攻撃もできるだろうし、あまり言いたくはないけど足のニオイもする。何重もの意味で蒼貂熊を撹乱できる場所だと思ったんだ。

第96話 刺し違える

に続きます。

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