第92話 太古の狩り
「ひょっとして、陸上部に槍ってことは『投げる』ってことか?」
わからないながら僕、そんな確認をしていた。もっとも、そう聞きながらも具体的なことは想像もつかない。「陸上競技の1つに槍投げというものがある」と、僕の知識はそれだけで止まっているんだ。
僕の確認の言葉に潜む猜疑心に、坂本は敏感に反応した。
「あのな、槍ってものは本来『投げるもの』なんだよ」
「体育会系戦国武闘派の猿田先生は、槍は『殴るもの』って言っていたぞ。それに、矢を当てるのもむずかしいのに、もっと遅くてでかい槍が蒼貂熊に通用するわけねーだろ」
僕の言葉に、坂本はため息をついた。
「並榎、きちんと話すから最後まで聞け。
空手をやっている人間は、熊とか牛とかと戦って勝てるかって一度は考えるもんなんだ。並榎だって、その弓で空を飛ぶ鳥を射れないかと考えたことがないとは言わせねぇぞ」
……まぁ、そうだな。そりゃ、考えたことがないといえば嘘になるな。
弓道場に、学校の裏山からキジが舞い降りたときの緊張感は忘れられないもんな。あのとき、弓を持っていた全員が「会」の状態で動きが止まった。キジが的に近づいたら、事故と言えるからだ。鍋とかローストとかって単語も、みんなの目の前にちらついていたに違いない。
だけど残念ながら、キジは僕たちの殺気に怯えて飛んでいってしまったんだ。
「で、どうやっても空手では熊には勝てないと思ってな。熊に勝てないなら、それよりでかいサイやカバやマンモスには絶対勝てない。なら、太古の人類はどうやってそういうのを狩って喰ってきたのかと調べてみたんだ。そしたらな、人類は猛獣を取り囲んで周囲から一斉に槍を投げるって方法で勝ち残ってきたんだよ。決して近寄らず、全方向から投げるって、ただそれだけなんだ。
猛獣が追いかけてくれば逃げ、後ろに回ったやつが槍を投げる。猛獣が逃げれば、逃げ道を塞いで正面から槍を投げる。そして、この単純な戦法1つだけで、マンモスやライオンだって、インパラやイノシシだって、たくさんの槍を刺されてウニみたいになって狩られた」
僕の頭の中でたくさんの半裸の原始人が槍を投げては逃げ、逃げては投げるって画像が浮かんだ。その人間たちの中心にいる動物は、どれほど必死になって戦おうにも戦えず、逃げようにも逃げられず、何十か所も刺されて血まみれになって倒れていった。
正直に言って、胸が悪くなるような光景だった。
これ、戦いと言うよりはいじめの構図に近くないか?
本当にそんなやり方で狩っていたのか?
僕の顔色を見て、坂本は続けた。
「並榎、汚いやり方だと思っただろ?
だけど、食料調達という日常にいちいち命を賭けちゃいらんねーんだから、効率を求めるのは当然のことだろ?
動物を誘導して、崖から落とすとかもあっただろうけど、毎回巨大な動物の現れる場所が崖際なんてありえないし、毎度巨大な落とし穴なんか掘ってもいられないだろうし」
……そうか。そのとおりだ。認めざるをえない。で、たしかにこれなら蒼貂熊にも通用するかも。
だけど、この方法の本質は……。
第93話 見えないところに……
に続きます。




