第91話 槍
行き詰まった感が漂う中、北本が口を開く。
「洗剤と食用油もポイントポイントで撒いておけば、酸と水酸化ナトリウムで懲りている蒼貂熊の移動が少しはゆっくりになるかも……」
続いて吹上。
「梅酢とそれが入っているガラス瓶って、手榴弾に使えるんじゃないか?」
うーん。
案はいろいろと出てくるけど、どれも決定的じゃない。結局は時間を稼いで稼いで、稼ぎ尽くすというアイデアしか浮かばないようだ。それも、僕たちが撤退するときにしか使えないような、だ。どれも攻勢というより、守勢のときの手ばかりだな。
結局のところ、どこかで僕たちは逃げ切れずに蒼貂熊と戦わなくちゃならなくなる。僕としては、そのときに使える手が欲しいんだ。
そこへ……。
「梅酢、蒼貂熊に使っちゃダメだ。僕たち自身に使った方がいい」
「どういう意味だ、鴻巣?」
いきなりの提案に、意味がわからず僕は聞く。もちろん、鴻巣を完全に信用できているわけじゃないから、その言うことに対する警戒はある。でも、鴻巣が自分を取り戻してくれていたら、良い案なのは間違いないんだ。
「蒼貂熊、シソの毒について、すでに学習していると思っていい。窓の下で最初に死んだ個体は顔半分が崩れていたし、その状態で他の個体と接触して見られている。塩酸攻撃もあったし、職員室でも硫酸攻撃がされたかもしれない。そうなると、『酸っぱいニオイと毒に関係がある』と学習していない方がおかしい」
「それはそうだろうな。で?」
ここまでは理に適っている。鴻巣は変なことを言っていないと思う。
「だから、その梅酢を俺たちの服に染み込ませるんだ。それで蒼貂熊は俺たちを咥えることができなくなる」
おおっ、とどよめきが湧いた。さすがは鴻巣。梅酢を蒼貂熊に対して不確実な攻撃に使うことしか僕は考えていなかった。だけど、防御に使う方がはるかに確実だよなな。
さらに、今度は坂本がなにかを思いついたように言う。
「あのさ、家庭科室から持ち込めた包丁は何本あるんだ?
あとモップの柄、教室3つ分で何本ある?」
「包丁は10本。モップの柄は3教室分で12本。だけど、そのうちの2本は吹き矢になっている」
即答してきたのは北本だ。在庫管理能力、すげーな。
北本の返答に、坂本の顔が明るくなった。
「それで、10本の槍を作ろう。包丁をモップの柄にハンガーの針金でくくりつけるんだ。柄の端にはモップ部品の取り付けのために穴が空いているから、くくりつけやすいだろう」
「槍なんか作ったって、それでどう戦えばいいんだ?」
僕は坂本に聞いた。坂本の案を胡散臭く思っていることが、あからさまに口調に出てしまったかもしれない。だってどう考えても、坂本のくせに現実的な案じゃないんだ。
「あのさ、僕たちは誰も槍なんて振り回したことはないし、剣道部の長尾なら知っているかもだけど、教わったってそれですぐに戦えるわけもない。長尾自身に戦ってもらおうにも、アイツは最前線に何度も出て疲れ果てている。ボランティアにも志願してない。これ以上無理させたら、マジで過労死するぞ」
「いいや、長尾の手は煩わせない。鉄アレイとか投げる練習していた吹上に、本領発揮してもらおうと思っている」
えっ?
陸上部の吹上?
後半は皮肉なんだろうけど、ますますわからんぞ。どういうこと?
第92話 太古の人類
に続きます。




