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大食の侵襲 -異世界からの肉食獣-  作者: 林海
第一章 相馬県立鷹ケ楸高校
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第90話 囲魏救趙


「矢に括りつけて射て」

 ……あ、つまり、鏑矢ってことか?

 なるほど。これは、思いつかなかったな。さすがは井野だ。まぁ、弓道やっていると言ったって、鏑矢を射たことのある奴なんてそうそういない。そんなの僕だって、思いつけるわけないじゃないか。


 で、それはそうとして僕も思い出していた。

 1年生のときに音楽の授業で班に分かれて合奏させられたけど、僕たち、持ち寄れる楽器なんてリコーダーとアルトリコーダーしかなかったもんな。あとは音楽室に備え付けのピアノとマリンバを使っただけだ。

 ああ、だから1年生からの供出なのか。3年生はさすがにもう持ってないもんな。で、その1年でもたまたまこの場で持っていたのは1人だけで、大抵は教室のロッカーに置きっぱなしなのだろう。よくこんなのを思い出したな、井野は……。

 となると、真っ先に逃げる1年生の第一波には、リコーダーを出しておいて欲しいもんだな。これは上尾に頼んでおかなくちゃ、だ。


 そう思う間もなく、3年生の1人が走る。あ、上尾に言いに行ってくれたんだ。マジで助かる。なんかみんな、生き延びようという意思が、赤羽のこと以来強くなっている気がする。


「アルトリコーダー鳴らすだけなら、曲がっちまった矢でも使えるだろ?」

 井野が言葉を重ね、僕は頷く。

「そうだな。飛べばいいんだからなぁ」

 そもそもだけど、曲がっていない矢だって、たとえ吹口だけだって、アルトリコーダーなんか括り付けたら真っ直ぐには飛ばない。でも、命中が目的でないなら、なんだっていい。考えてみれば、弓で飛ばせるものなら矢以外のものを飛ばしたっていいんだ。


蒼貂熊(アオクズリ)も今まで聞いたことのない音だろう。100歩譲って学校の外からリコーダーの音は聞いたことあるかもしれないけど、吹口のパーツだけの音は絶対ないな。

 で、それが自分が走る以上のスピードで移動したら、当然警戒するはずだ。もしも体育棟に向かわない蒼貂熊がいたら、これで追い立てるんだ。つまり、『奔走』させるわけだ。

 幸運にも全頭が体育棟に行くなら、そこから戻る最短距離の経路にも飛ばしておく。そうすれば賢い蒼貂熊は、戻りにはその経路を避けて動くだろう。今の俺には思いつけないけど、もっといい手だってあるかもしれない」

 なるほど、そうだな。今からその使用方法を限定する必要はないよな。


 それにコレ、戻って来て正面から顔を合わした蒼貂熊を怯ませることにも使えるかもしれない。直接矢を打ち込んだって当たらないし、致命傷を与えるなんて絶対無理。だけど、音は有効そうな気がする。岡部の言うとおりなら、蒼貂熊の目は決して良くない。耳だってよくないからこそ、素早い動きをするなんだかわからない音源を警戒しないはずがないからだ。

 蒼貂熊を仕留めるのは難しいけど、これで群れを分散させることができればそれだけでもう大いにありがたいんだ。


「あとは……」

 僕が井野の後をとって続ける。

「鏑矢で蒼貂熊を分散させることは可能かもしれない。でも、分散できたとしても、各個撃破できるかとなれば話が別だ。1頭きりの蒼貂熊でさえ、バリケードや罠の助けなしでは勝ち目はないんだから。

 なんか、蒼貂熊に対する決定的な手はないかな?」

 奥と佐野が変化球で対抗するにせよ、牽制はできてもトドメはさせないだろう。だけど、それをここで言う必要はない。それは、きっと本人たちが一番良くわかっている。


 井野の『囲魏救趙(いぎきゅうちょう)』という策は極めて有効だとは思うけど、それだけでは困る。時間を稼いで分散させられたとしても、戦いはそこで終わりというより、そこから始まるんだから。


第91話 槍

に続きます。

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