第88話 コミケとかライブとか?
そうだな。非情の決断をするなら、負傷者を後回しにする方がいい。地域防災センターに逃げる生徒の先頭がたどり着くのは、その方が絶対に早いんだ。
誰もなにも言わない。それこそが、五十部の言葉をみんなが受け入れた証拠なんだろう。
それから赤羽。五十部はオマエの心配を憶えていて、きちんと間藤のことに言及したぞ。もちろん、僕も忘れてはいないぞ。
「それから間藤を担架で運ぶ1年生。練習してもらっていたみたいだけど、担架を持って非常階段を駆け下りなきゃだから、くれぐれも間藤を落とさないよう頼んだぞ。救急隊員に渡したら、すぐに地域防災センターに走れ。
あとは全員に言うんだけど、階段を駆け下りる際に将棋倒しに気をつけてくれ。
……こんなとこかな?」
最後に僕はみんなにそう確認をした。
「待って、もう一つあるよ」
「なんだ、横田」
今までそれほど積極的な発言のなかった漫研の横田が初めて手を挙げたので、僕はびっくりして聞いた。
横田は、人差し指でメガネをくいっと鼻梁に乗せ直して言う。
「15人ずつを走らせ、その間々に10秒挟む。それだけで将棋倒しのリスクは低くなる。事故防止ってのは、1m^2に4人以上詰め込まないようにすればいいだけなんだよ。
そんな間を挟んでも、高校生は年齢や運動能力が揃っているから、階段でも1分に45人から60人は動かせるだろうし、10分なら450人から600人は動かせることになる。つまり、全員が避難できる。だから、焦る必要はないということを全員に徹底させておいて欲しいな。特にさっきの五十部の心配は、そこまで重視しなくて大丈夫だ」
「詳しいな。なんで……」
「聞くな」
……ぶっきらぼうにも程がある言い方だな。ただでさえ見た目がボーイッシュなのだから、言葉づかいまでそんなだと女子には見えないな。
で、「聞くな」って、一体全体なんなんだよ?
でも、それがいい案で正解だってのは僕にもわかった。下りの階段を駆け下りるんだ。将棋倒しを避けられる方法があるなら採用しなきゃだもんな。
「上尾、そういうことで1年生を頼みます」
「はいよ。横田のテクは緊急時のハコの客の避難のさせ方と考え方は同じだから、私も知っている。使おうと思っていたけど、言えばよかったね。
1年生については心配いらない。きちんと誘導するよ」
「助かる。頼んだ」
とは言ったものの、横田と上尾、2人の言っていることを完全に理解したとは僕には言えない。ただ、それでも予想はつく。2人とも、人が集まるようなイベント慣れしているんだ。きっと、コミケとかライブとかだよな?
うん、上尾に1年生を任せるのは適材適所とは思っていたけど、これは予想外だったなぁ。
「これで終わりだな?」
僕の確認に、今度は北本の手が上がった。
「みんな忘れているかもしれないから言うけど、非常階段の踊り場の手すりには触らないで。ハンドソープでぬるぬるで、それを階段部分の手すりにまで塗り拡げられると事故が起きかねない」
ああ、そうだったな。それで、僕たちは助かったんだもんな。
どうやらこれで本当に終わりのようだ。もう誰も手を挙げない。
「じゃあ、他の者もそれぞれ準備をしてくれ。それから、どんな忘れ物しても取りには戻れないと思ってくれ。全部をポケットに入れて、走る邪魔にならないようにして両手は空けておくように。階段で足を踏み外して、手が使えなかったら命に関わる。
そうなったら、蒼貂熊に喰われるよりかなりマヌケな最期だ」
僕の言葉に、みんな頷いた。
僕は本当に余計なことまで言っている自覚はあった。だけど、こういうときは、あえてその余計なことまで言った方がいいと思ったんだ。
第89話 アルトリコーダー
に続きます。




