第87話 ラスト・ブリーフィング
そこで、坂本が僕に声を掛けてきた。
「あちこち連絡取れた。救急車が来るまでの残り時間は50分。全員で走って逃げるのにかかる時間が10分として、俺たちに残された時間は40分だ。なので、40分後、音楽室で蒼貂熊の咆哮の再生が始まる。音楽の武藤先生とも連絡が取れているから、そこは間違いない。再生と同時に体育棟にいる先生たちは、弓道場の倉庫に逃げ込む。並榎から聞いておいたコンクリートの倉庫の鍵のナンバーは伝えたよ。
あと、受け取ってもらえるかはわからないけど、職員室にも作戦概要は伝えた。生き延びている先生がいたら、逃げて欲しいからな」
……そうか。いよいよだな。
僕たちが逃げ出し、体育棟の体育と音楽の先生たちも頑丈なところに閉じ籠もったら、蒼貂熊も撤退するしかないはずだ。ここにいたって意味がないからな。
職員室で隠れて生き残っているかもしれない先生たちにも、なんとか安全に撤退して欲しいものだ。
僕は、3年生たちの顔を見渡した。それぞれに仕事を頼まねばならない。言葉はあえて多く語ろう。思い込みからの間違いが生じさせないためだ。生き延びるということにミスは許されないはずだ。
「まずは喜多。
ボランティア部の経験を活かし、行ったことのある地域防災センターへの先導と、建物の入口の確保を頼みたい。ドアの鍵は掛かっているだろうから、石かなんかで窓ガラスを割り、侵入経路を確保して欲しい」
「はいよ」
僕の頼みに、気軽と言っていい口調で喜多は答える。なんかその口調、かえって心強いな。
「次に上尾。
俺たち殿部隊の移動に合わせて、1年生の中から数名でいいからアルトリコーダーの吹口を用意するよう伝えて欲しい。
それから1年への決定事項の伝達と、地域防災センターへの送り出しを頼む。そして、最後は1年生の最後尾と一緒に地域防災センターへ走ってくれ。他の3年生を待つな」
「わかった」
これで、1年生に対しての3年生としての責任は果たせたことになる。
僕は、話し続けた。
「次に、負傷していても自分で歩ける者は、どれほど怪我が痛くても救急車まで走れ。あと、負傷者への介添はそれぞれに協力を頼む。特にラグビー部の五十部は骨盤を骨折しているかもしれない。相当重いだろうけど、誰か肩を貸してやって欲しい。北本の布もギプス代わりから包帯代わりまで最大限利用してくれ」
そこで、身体は横たえたままの五十部が、僕たちの話の輪の外から声を上げた。こめかみに脂汗を滲ませているのは、痛みに耐えているのだろうな。
「救急車への搬入以外では、怪我人を優先するな。骨折程度じゃ人は死なないんだ。だから、走れる者は遠慮なく走って逃げろ。俺たち負傷者が走れる者たちの動線を塞いだら、逃げられる者も逃げられなくなる。
それでも10分あれば、救急車が来る時間には間に合うと思う。そして、介助してくれる者がいたらとてもありがたいけど、それは足の速い男子にしてくれ。
非常階段を降りきったら、間藤以外の負傷者に介助はいらない。思いっきり走ってくれ。もしも蒼貂熊が襲ってきても、俺たち怪我人を喰っている間に余裕で逃げられるはずだ」
……避難は負傷者優先。そんな僕の思い込みを、重傷者である五十部が叩き潰した。
第88話 コミケとかライブとか?
に続きます。




