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大食の侵襲 -異世界からの肉食獣-  作者: 林海
第一章 相馬県立鷹ケ楸高校
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第84話 義勇兵


 坂本の頭の中で想像されている他校の状況は……、僕にもわかりたくはないけどわかってしまう。それはもう、人として見てはいけない光景なんだろう。

 坂本は目をつぶって、必死になにかに耐えようという表情になった。もしかしたら素数でも数えて落ち着こうとしているのかもしれない。坂本は口をもごもごとさせてから、それでも30秒ほどで自分を立て直して、再び声を張り上げた。


「救急隊員も見るに見かねて、『安全確保』なんて言っていられずに助けに入ってしまって、何人かがすでに蒼貂熊(アオクズリ)の犠牲になっているそうだ。今は厳にルールを運用していて、救助のために校内に入ったら懲戒処分としている、と。そうでもしないと、職員を守れないと。だから、個々の救急隊員を恨むのも、期待しすぎるのも間違っている。

 それどころか、俺たちもその姿勢は見習わなければならない。

 実際、安全が確保されていないので、職員室の救助はできない。その惨状は見に行くことすらできない。怪我をしているだけで助けられる先生がいるかも知れないけど、見捨てるしかない」

「……」

 これには、だれも返事をしない。いや、できないんだ。


 そこへ、縛られたままの鴻巣の声が響いた。

「坂本の言うことは聞こえたな?

 いいか?

 なにがどうあろうと、今、ここで生き延びている生徒は全員生きて帰る。そのための非情の『てんでんこ』だ。なにがあろうとも、今ここで必要な判断だと俺は思う。

 後ろも横も見ず、前だけ見て生き抜け。先生だけじゃない。友もみんな見捨てろ。自分の生命は自分で拾え。それができないヤツは、友を巻き込んで被害を増やす人殺しだ」

 ……鴻巣。さっきとは打って変わって前向きだな。言っていることがぜんぜん違うぞ。


 そこで坂本がさらに続けた。

「話の続きだ。

 救急車は1台しか来てくれないので、間藤以外の意識のある負傷者はみんな立ち乗りになる。病院はごった返しの混雑のようだが、それでもありがたいことに蒼貂熊は出ていないということだ。

 ここまで、OK?」

「応っ!」

 みんな、いきなり生き返ったようだな。

 外とつながるっていうのは、それだけで嬉しいもんな。


 だけど、僕、ここでみんなに現実を突きつけなきゃならない。

「坂本。作戦の計画に沿って、至急、あちこちに連絡を。

 それから喜んでいるみんな、悪いけど水を差す。

 一緒に全員が逃げられるとみんな思っているだろうけど、それは無理だ。何人か義勇兵(ボランティア)をお願いしたいと思う。

 なぜなら、殿(しんがり)は絶対必要なんだ。負傷者だけじゃない。1年生はだれも欠くことなく救わねばならない。そのためには、足の速い蒼貂熊を足止めすることがどうしても必要だ。

 たった30秒の足止めでも、何人救えるかわからない効果があるだろ?」

 僕の言葉に、再び場は静まり返った。


 だれもなにも言わない。沈黙が重くのしかかってくる。

 しかたないな。僕だって負傷しているんだけどなぁ。

「僕は残る」

 そう手を上げて宣言する。これで、他にだれも残ってくれなかったら最悪だ。1人で3頭の蒼貂熊と戦うことになる。だけど、もう手を挙げちゃったから、どうしようもない。後続がいることを祈るしかない。


 だけど、その心配は杞憂だった。

「……俺も」

 そう名乗りを上げたのは坂本だ。スマホの操作が忙しくて、間に合わなかったんだな。そう言ったあとも目も上げずに、なにかのテキストを入力している。


「俺も残る」

 鴻巣、お前、本当に残る気があるのか?

 考えは本当に変わったのか?


「……私も」

「私もだよ」

 ほぼ同時に宮原と北本。

 それを聞いて僕は、一瞬めまいがするほど後悔し、そして酷使と言っていいほど脳を使って考えた。そして……、歯を食いしばって、頷いてみせた。



挿絵(By みてみん)

第85話 変化球

に続きます。



本作のヒロイン、クリスマスver.の宮原雅依を描いたイラストをいただきました。

花月夜れん@kagetuya_ren さまから。感謝です。

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