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大食の侵襲 -異世界からの肉食獣-  作者: 林海
第一章 相馬県立鷹ケ楸高校
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第70話 兵は詭道(きどう)なり


 僕は宮原が好きだ。正直に言って抱きつかれたのはとても嬉しい。夢にまで見たシチュエーションでもある。

 だけど、なんだろう、いきなり生じたこの後ろめたさは?

 宮原と僕が恋人という関係になったら、ここまで思い切った行動に出た北本は間違いなく泣くだろう。僕は北本に対して個人的感情は持っていない。でもね、北本がものすごく頑張り屋で、健気(けなげ)だってことはわかる。可愛くていい娘であることに疑いはまったくない。でも、その娘を泣かせることになるんだ……。


 僕は、その後ろめたさを振り払うように井野に向き直った。今は考えるのをよそう。この問題を引きずっていたら、きっとなにも決断できなくなってしまう。

 そう、今ここには坂本もいるし、運動部、文化部の面々もいる。その先にはベルトで手足を括られた鴻巣が転がっている。今の僕は、生きて帰る作戦を練らなければならないんだ。


「まず確認だ」

 僕はそう口火を切った。

「宮原、さっききみが蒼貂熊に射込んだ矢は、毒矢になっていた?」

「当然。家庭科室に行ったんだから、珠花(みか)に頼んで真っ先に梅肉を塗り込んだよ」

「よし。僕の射た矢にも塗り込んでおいた。つまり、今この蒼貂熊の死体の向こう側にいる1頭は、3本分の矢の毒が回ってかなりの手負いになっているってことでいいな?」

「うん、他の蒼貂熊と同じなら、そろそろ腫れ上がって組織が崩れてきてもおかしくない頃だよね。しかも、2本とも鼻の奥に刺さっている。鼻の奥が腫れたら、呼吸にも支障があるはずだよね」

「よし、まずは朗報だな」

 僕の言葉に、みんな頷いた。鴻巣だけは不満そうだったけど。


「もう犠牲は出せない。だから、堅実に行きたいけど、負傷者多数の今、のんびりもしていられない。まずは、坂本。あちこちに再度連絡を試みてくれ。

 それから井野、なんかいい手はある?」

 僕がこう話を振ったのは、井野が兵法三十六計に詳しいところを見せたからだ。僕もいくつか知ってはいるけど、三十六計すべてを知ってなんかない。まずはここで井野が軍師役になるかどうか、確認しておかなくては。


「まずは外部との連絡、救急がいつ来てくれるかだ。作戦開始のポイントのそこは変わらない。さらには並榎の蒼貂熊を体育棟までおびき出し、その隙に逃げるという並榎の作戦の基本も、だ。その上でだけど……」

「おう」

 僕は相槌を打って、井野に先を促す。


「兵は詭道(きどう)なり、と言う。今までは、期せずしてそれが成功してきたよな」

「……詭道か。まぁ、トリックや騙し討ちというより、フェイントとかならそれも言えるな。塩酸ぶっかけたり、電気が効いたり、偶然赤シソも効いたしな」

 僕の言葉に、井野はそのとおりと頷いた。


「詭道もいろいろあるけれど、きちんと分類しておかないといけない。

 電気のトラップ、それから屋上にいる蒼貂熊を飛び降りさせるっての、これらは発端は偶然でも、その偶然に頼らないいい手だった。だけど、それが続くと、蒼貂熊も学習する。

 俺たちは、囮を使う作戦を多く採ってきた。屋上から飛び降りさせたときも、そしてついさっきの赤羽の犠牲も、結果としては、だ。俺たちは誰か人間を囮にして、危機を回避するパターンを繰り返している。

 これはすなわち、兵法三十六計の『苦肉計(くにくのけい)』だ。これに対して蒼貂熊は十分に学習しただろう。もう、人間の囮は利かないと思っていい。電気トラップに対しても、もう使えないってことを赤羽が身をもって教えてくれた。

 だけど、この状況、図らずも『瞞天過海(まんてんかかい)』の使いどきだ。敵に繰り返し同じ行動を見せつけて、油断を誘うって手だよ。つまり、そろそろ別のフェイントが思いっきり効く頃合いと言える。

 逆を言えば、このまま同じ手で行くと、確実に裏をかかれるってこと」

「……となると?」

 と聞いたのは化学部の細野だ。もしかしたら、話の行き先を薄々感じ取っていたのかもしれない。

第71話 音楽室のでかいスピーカー

に続きます。

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