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大食の侵襲 -異世界からの肉食獣-  作者: 林海
第一章 相馬県立鷹ケ楸高校
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第66話 人間としての判断


 これだけの至近距離だ。クロムの鏃でも赤羽を貫くし、僕は一生このことを夢に見て(うな)されるだろう。まちがいなく逮捕もされる。だけど、やらない選択はなかった。

 狙うは赤羽の頭。胴体を咥えられているから、心臓は狙えない。すまん、赤羽。今、楽にしてやる。


 矢筈をききっと鳴らし、矢を放つ寸前で蒼貂熊(アオクズリ)は大きく飛び退いていた。僕に赤羽を殺させない、そういう明確な意思を感じた。

 だけど、それで生まれた時間は3秒に満たなかった。

 なぜなら、蒼貂熊が口に咥えていた赤羽をこちらに放ってきたからだ。


 赤羽の身体は、交通事故を起こした車みたいな地響きを立ててバリケードに叩きつけられ、逆茂木にした机の脚に絡まった。

 もう僕たちの中からは、悲鳴すら沸かない。バリケード越しであっても、人の身体が飛んでくれば冷静ではいられない。僕も、救いを求めて視線をあちこちに泳がせた。

 だけどもう視界に入るのは、パニックを越えて虚脱のレベルの顔、顔、顔だ。女子たちはもう泣いてない。目の玉が落っこちそうなほど瞼を見開いて、ただただ呆然しているだけだ。何人かは崩れ落ちたのもいる。きっと、気絶したんだ。

 岡部の考察で芽生えた希望など、もう跡形もなくなっていた。


 蒼貂熊は悠然と、再びこちらに近づいてくる。

 そこで僕、蒼貂熊の考えていることがわかってしまった。

 これで僕たちは、バリケードの電気トラップの電源が入れられない。入れることはできるけど、それは重傷を負っている赤羽のみを殺すことと同義だ。もう、蒼貂熊を共に殺すこともできないんだから。そして、電気トラップがない以上、蒼貂熊にとって僕たちの反撃は怖るるに足らない。


「電源を入れるな。こうなったら仕方ない。どうせもう蒼貂熊は倒せない。俺たちに殺人はできない。最期まで人間として死のう」

 ……鴻巣、テメエ、なんてこと言いやがる!?

 誰だって、こんな決断はしたくねぇよ。だけど、1年生も含めた全員を、ここで蒼貂熊の反吐にして死なす判断は絶対間違っている。これだって、人間としての判断だ!


「坂本!

 電源を入れろ!

 僕の決断だ!

 もちろん責任は僕が負うっ!」

 前回は鴻巣の決断だった。その鴻巣がもう決断できないのであれば、僕がその決断をしよう。赤羽との個人的禍根を晴らしたと言われ、僕はさらに悪者にされるだろう。だけど、それすらも、もう構わない。


 蒼貂熊がゆっくりと足を踏み出す。ことさらにゆっくりとだ。こいつら、よーくわかっていやがる。僕たち人間の弱点を、だ。

 これをやられたら、僕たちは迷いが生じて戦えなくなってしまう。

 だけどな、人間はその弱点を克服できるんだぞ。それがどれほどの修羅の道であっても、僕はこれからの人生、そこを歩く。生命は数じゃない。だけど、赤羽を見捨ててでも、まだ失われていない多くの仲間の生命のために僕は戦う。


「電源は入れさせないっ!」

 鴻巣の叫びに、鈍い音が重なって響いた。

「並榎、電源は俺が入れる!」

 きっと、坂本が空手で鴻巣を排除したんだ。坂本、お前だけが真に死生観を共にできる友人だったのかもしれないな。

 そして坂本が空手を使ったってことは、鴻巣め、配線を引き切るとかして電気トラップを破壊しようとしたな?


「電源を入れろ!」

 そこへ、さらに叫び声が重なった。口からとめどなく血を吐き出しながら、赤羽が叫んだんだ……。赤羽に、まだまともな意識があっただなんて……。

「俺はもうだめだ。すべては紗季(さき)が戻ってきてくれるためだったんだ。このままだと紗季が死んじまうから、電源を入れ……」

 ここまで叫んで、赤羽は口からごぶりと大きな血の塊を吐き出した。

第67話 闘魂注入

に続きます。

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