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大食の侵襲 -異世界からの肉食獣-  作者: 林海
第一章 相馬県立鷹ケ楸高校
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第36話 感電


 鴻巣の読みが正しかったら、もう生きて帰るのは絶対無理じゃん。

 電気トラップを最大限活かせても、目の前の2頭を倒すのが精一杯。同じ手が使えない以上、僕たちにその次の2頭に対する手はない。


 最前線で動揺が広がっていた。

 弓を引き絞ったままでも、背中でみんなの動揺を感じる。鴻巣、なんでお前、今それを言った?

 オマエ、そういう機微がわからないはずはないだろう?

 もしかしたら、さっきの電気トラップの電源を落とせという僕の言葉が上手く行ったせいで、僕に対して過大な期待を生んだか?

 だけど、今回のは長尾の功だぞ。

 目の前の2頭を倒せる算段があるなら、次の2頭、次の次の2頭についてもここで作戦に織り込めると期待したか?

 そんなの、絶対ムリだ。


 吹き矢を咥えた井野の背中が震える。片足が半歩後ろに引かれる。

 鴻巣の言葉に、心が折れかけているんだ。

 井野は逃げ出しはしないだろうけど、恐怖で硬直して攻撃もできない状態になってしまったら、連鎖的に崩壊が起きて全員が死ぬ。負け戦の被害は組織だった抵抗が失われた瞬間から拡大するって、歴史の授業のときに猿田先生が不必要にでかい声で言っていた。このままだと、その事態が起きてしまう。


 負け戦でも、負け方ってのがある。きちんと退却できれば、犠牲は殿(しんがり)の軍の一部だけで済むんだ。

 アイツらを、僕たちで腹一杯にはさせねぇ。その思いは、全員一つのはずなんだ。

 必要なのは秩序なのに……。

 そして、それを守る気概なのに……。


 僕、弓を引き絞ったまま叫んでいた。

「自分も、誰も、喰わせるなっ!

 生命(いのち)のある限り!」

 と。


 僕の叫びに、井野の肩が下がり背中が盛り上がった。吹き矢を吹くために、思い切り息を吸い込んだんだ。

 2頭の蒼貂熊(アオクズリ)、僕の叫びを理解したのか、一気に走り寄ってきた。そうは言っても廊下は狭い。尻尾を振りながらの巨体は横には並べない。

 前に出た蒼貂熊が突っ込んでくる。もろに体当りされたら、強化したバリケードでも保たないだろう。積み方の問題じゃない。単純に、重さの比較で、だ。

 崩されないまでもそのまま押し込まれたら、僕たちは水とトイレを失う。籠城は極めて難しくなる。さらに押し込まれたら、3年のいる教室に入りこまれてしまう。


 だけど、先頭の蒼貂熊、スピードを落とした。

 ああ、そうか、邪魔なんだ。ここでさっき死んだ蒼貂熊の巨体が。そして、コイツが水酸化ナトリウムのぬるぬるで足を滑らせたのを見ている。当然慎重になるよな。

 それでも先頭の蒼貂熊は仲間の死体を踏みつけにし、乗り越えてきた。そうやって、足を滑らせないようにして再加速か、くそっ。


 そして、その蒼貂熊、腕を思い切り振り下ろした。

 だけど、さっきのバリケードとは強度が違う。軋み、金属の破断する音、机の天面の板の折れる音をさせながらも、最初の一撃には耐え抜いた。あまつさえ、鋭くした机の足の逆茂木が刺さって、オレンジ色の血が飛び散っている。


 次の瞬間、蒼貂熊は動きを止めた。

 感電しているんだ。予想していたのと違って、蒼貂熊の身体から煙が上がったりはしなかった。ただ、それでも腕を引こうとし、足を仲間の死体から踏み外し、その腕の動きは完全に止まった。机が動いてギターの弦が伸びたけど、その弦が切れる前になんとかなったんだ。


「梅干しは塗ってあるかっ!?

 あったら後ろの方の個体を射て!

 必ず(あた)る」

 後ろから声が響き、井野と松井が吹き矢を放った。


 残念ながら、今感電している蒼貂熊が邪魔をしていて、僕と宮原にはそのあとに続く蒼貂熊の姿が見えない。

 一体全体、どういうことになっているんだ?


第37話 電気トラップ

に続きます。

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