第41話 魔法とは……5
悠が口を開く。
「でも、現代科学で感知できないエネルギーとその効果を、どうやったら科学の手法で定義づけられますか?
それができないから、今も苦労しているのでは?
で、結局、話はどこまでも堂々巡りにもなってしまうのでは?」
徹して話していて、歯がゆくもなっていたのだろう。その問いは性急なものだった。
だが、瑠奈の口調はそれに釣られなかった。むしろ、語調はゆっくりしたものになる。
「言いたいことはわかるよ。でも、ある意味では簡単かもしれない。
科学は科学でも、人文科学に片足を突っ込むけど、『金枝篇』においてジェームズ・フレイザーは、呪術を科学の前段階として捉えていたよね。宗教は神に依存するものだけど、呪術は人間による因果関係の効果を期待した行為だと。
ほら、神の奇跡に対しては、因果関係や評価の体系を組んでの改良なんて考えないでしょ。それを考えること自体が不遜だとされちゃう。でもね、呪術はより良い結果を求めての評価の体系が存在するようになるっていうの。
そうなると、その呪術は改良されていくし、経験則を積み上げた結果としてじりじりと科学になっていく。これって重要な違いだと思う。オカルトは現象を受け入れちゃって、そういう姿勢、甘いからね」
悠は、瑠奈の言葉で落ち着いたようだ。
「……なるほど。
今はオカルトと紙一重でも、事例を積み重ねることでだんだんと理解できる領域を増やしていけるということですね。きっと、呪術が科学になるまで数千年、いや、数万年は掛かったのかもしれないですね。
これ、焦っちゃダメなんだ……」
「そういうこと」
そう応じたのは美岬だ。
「つまりね、大切なのは、私たちの姿勢なのよ。未知の事象に対する扱いが厳密さを失ったらおまじないになってしまう。厳密さをキープできたら、新しい科学に昇華できるかもしれない。
これは、社会科学だって同じこと。いいや、社会科学の方がよりシビアかもしれない。
そして、科学に昇華できる前提であれば、さっきのエネルギー保存則とか既存の科学の絶対則といえるようなものからは逃げられないはず。
そこからも、推測を突き詰めていけるはずよ」
「……例えば?」
この悠の質問に答えたのは、ヨシフミだった。
「例えば、さっき例が出た熱力学の法則とかだろうね。熱湯の入ったやかんの温度が下がって、キッチンの室温が上がることはある。でも、キッチンの室温が下がって、ヤカンのお湯が沸くようなことはない。それに、マクロ的な意味では無から有は生じないし、基本的に質量だって不変のはず。
これを覆すとなると、素粒子レベルの話とか質量とエネルギーの等価性とかの話になっちゃうし、それはそれで事象を観察し判断できる知識と学説の進歩につながる」
「……なるほど」
話がここまで来ると、悠の今の知識量としてはそう答えるしかない。
そこで、星波が口を開いた。
「……さっきの話の外部からのエネルギー供給とか、そのまんま魔素のことですよね。私たちは、魔法に対して不思議とは感じていないんです。だって、ダーカスの上空にはセフィロトとスノートがあって、魔素はそこから無尽蔵に降ってくるんですから」
その言葉に、悠はなにかを思いついたらしい。再び身振りが大きくなった。
うう、きっと続きは、
魔法とは……6
になります。




