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大食の侵襲 -異世界からの肉食獣-  作者: 林海
第一章 相馬県立鷹ケ楸高校
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第25話 曲射


 宮原が、曲射の射線についてみんなに説明する。

「放送室の壁の下ぎりぎりと篭原先生に伝えたら、保健室の室内から見ても開ける窓がわかると思う。そうすれば、ガラスの割れる音無しに保健室内に射込めると思う。

 窓を開けておく時間が短いほど、篭原先生のニオイを蒼貂熊(アオクズリ)に気が付かれなくて済むよね」

「わかった。それ、伝える。

 それから俺たちも、3階にいるとはいえ、窓から不用意にニオイを漏らさないようにしよう」

 鴻巣が応え、スマホに指を滑らす。その態度から窺えるんだけど、鴻巣もなんとなく宮原に飲まれているようだ。実際、それだけの迫力が今の宮原にはあった。

 これには、「敵わないなぁ」としか言いようがない。


 そして、あっという間に15分の時間がたった。

 職員室の方角から、社会の猿田先生の声が聞こえてきた。戦国時代マニアの猿田先生は、ウチの高校から大学までを応援団でとおし、僕たちからは敬愛を込めて「声のでかさが病的」とか、「デリカシーという単語が人格の中にない」とか、「校内放送の機器がなくても全校に声が届く」とか、「体育会系戦国武闘派社会教師」とか言われている。


「押忍っ!」

 ……先生、蒼貂熊相手に、まさかの「押忍」ですか?

 蒼貂熊の咆哮と、大きな金属音が響いた。だけど、なにかが崩れるような音はしていない。

 ああ、職員室の机は事務机だったな。生徒の机より重く大きい。これががっちり組み合わされば、僕たちのところの最初のバリケードよりは間違いなく頑丈だ。


 とにかく、今がチャンスだ。

 僕たちは視線を交わし合い、宮原が窓を10cmほど開けて、射法八節でいう「(うちおこ) し」の姿勢に入った。矢の先を窓から出したりはしない。重心を低く保ち、真っ直ぐに立った美しい姿だ。

 北本はその後ろで、ポリエチレンの糸をせっせと捌いている。これなら、どこかに引っかかったり絡まったりしなさそうだ。さすがに手芸をやる人の指は、繊細で器用に動くもんだ。


 僕たちは固唾を飲み、どんな音も立てないようにする。宮原の集中を乱さないためだ。だけど、職員室の方からは凄まじい音と蒼貂熊の咆哮が聞こえ続けている。

 宮原の「会」の間は、そう長くはなかった。

 ひょうっとかすかな音を立てて矢は射られ、弓は宮原の左手できれいに弓返りした。

 僕たちは、競って窓の外を見る。


 宮原の放った矢は、僕の感覚ではありえないほどの曲線を描いて落ちていった。「落ちて」と言うのは、僕からしたら飛んでいったという軌跡ではなかったからだ。

 的は見えていない。だから、矢が保健室に入ったかどうか、僕たちにはわからない。

 僕たちは待って、待つほどもなく結果を知ることになった。


 北本の指が動いている。

 糸が引っ張られている。もちろん、保健室から篭原先生が引っ張っているんだ。

 (あた)り。

 どよどよという感じで、みんなから安心のため息が漏れる。

 30秒待って、北本が糸を引っ張る。力を入れず、無理をせず、でも可能な限り素早く、だ。


 すぐに来客玄関の前の踊り場の手すりを薬の紙の箱が乗り越え、踊り場の床に落ちた。その音は、「こーん」と凹の字状の校舎の建物に反響して予想外に響いた。

 蒼貂熊の咆哮が響いたけど、薬の箱が引っかかりそうな場所はもうない。北本の手は速度を上げて、せっせと糸を手繰る。


 こちら側の踊り場の手すりを薬の箱が越えるのと、ガラスの砕け散る音とともに来客玄関の扉を突き破って蒼貂熊が姿を現すのが同時だった。

第26話 跳躍

に続きます。

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