第36話 治癒魔法
星波はもう、間を置かなかった。
「ごにょごにょ、ミサキ、ごにょりょりょ、ヘイゲン」
悠には、そのようにしか聞こえなかった。単に翻訳なしのダーカスの言葉なのか、呪文にありがちなダーカスにおいての古語に相当するものなのか、悠にはわからない。だが、自分の母の肩が一瞬穏やかに光ったのは目に入っていた。
「終わりました」
星波の声に、美岬は肩を回す。
「……あ」
「どうですか?」
星波の問いに、美岬は一瞬訝しんでいるという表情を見せた。
「肩って、元々こういう感じだったのかぁ」
「どういうことだよ?」
悠が重ねて聞く。
「何年、この肩と付き合ってきたと思うのよ?
当たり前がわからなくなっていても仕方ないでしょ」
「あ、はい」
悠は他に答えようがなく、そう口の中でつぶやいた。
「肩って、こんなに楽に、しかもこんなに深く曲がるんだ」
そう言って、上げた腕を頭の後ろに回した美岬の左肘は、後頭部の真ん中を越えて深く右側に届いている。
美岬の顔が、だんだんと興奮を顕わにしてきた。
「治癒魔法、すごい効き目。これ、もう一生治っているってことよね。
マジですごいわー」
「治癒魔法にできることは、あるべき姿に戻すことだけなんです。だから、怪我と病気には効いても若返りには効きません」
星波の補足も、美岬の感動の表情を変えることはなかった。
興奮冷めやらぬ感じで言葉を重ねる。
「たとえそうだとしても、この凄さが減るわけじゃないし」
「ごにょごにょ、ユウ、ごにょりょりょ、ヘイゲン」
再び星波の呪文が響き、悠の全身が一瞬の光に包まれた。
「おわっ!」
「どう、悠?」
「……なんだろ。これは……、なんだろ?」
そう言いながら、悠はその場で立ち上がって軽く何回かその場でジャンプした。あとからあとから興奮が押し寄せてきていて、自分を抑えきれないのだ。
「蒼貂熊との戦いで、体温失って死にかけて……。
アドレナリンが身体に駆け巡っている間は良かったけど、それが抜けたあとはなんか可怪しかったんだよね。剣道部の長尾も、空手部の坂本も、ラグビー部の五十部もなんだけど、20年も歳を取ったみたいで、10代の身体じゃなくなっていた気がしていたんだ。坂本と五十部は未だに歩けてないし。
もう、ずっとこの状態なのと付き合っていくしかないと話したし、実際長尾の顔は毎日老けていってたし、星波さん、なんとか彼らにもこれ、掛けてもらえませんか?
このままだとアイツら、遠からず死んじゃいそうで……」
「今の私の立場だと、口外しないという約束をしてくれるのなら構いませんよ」
喜びに腕を突き上げる悠と対象的に、星波の顔は疲労の色が濃い。
「魔法は、体内の魔素を使うのでしょうけど、生気を失うと言っていいほど疲れを呼ぶみたいですね」
瑠奈の冷静な声に、悠は我に返った。
たしかに星波の顔は血の気が引き、先ほどまでの控えめでも元気な黒猫といった感じは消えている。
「だ、大丈夫ですか?
僕たち、無理をさせちゃったんですか?」
「ちょっと、失礼します」
そう言って星波は眼の前の金の塊に手を伸ばした。
「ごにゃらごにゃら、セナ、ごにゃるらごにゃら」
再び詠唱がされ、一気に血色が戻る。あまりの容易さに、どこか嘘くさいものを感じほどだ。
「これでもう大丈夫。
魔術師は生命を削って魔法を使います。昔は、魔術師は長生きできませんでした。30歳を越える辺りでみんな死んでいったんです。
それを、この金のコンデンサで変えたのも父でした」
「鳴滝さん、すごいことを……」
美岬の感嘆の声が部屋に響いた。
第37話 魔法とは……
に続きます。




