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大食の侵襲 -異世界からの肉食獣-  作者: 林海
第四章 星波、日本にて

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第36話 治癒魔法


 星波はもう、間を置かなかった。

「ごにょごにょ、ミサキ、ごにょりょりょ、ヘイゲン」

 悠には、そのようにしか聞こえなかった。単に翻訳なしのダーカスの言葉なのか、呪文にありがちなダーカスにおいての古語に相当するものなのか、悠にはわからない。だが、自分の母の肩が一瞬穏やかに光ったのは目に入っていた。


「終わりました」

 星波の声に、美岬は肩を回す。

「……あ」

「どうですか?」

 星波の問いに、美岬は一瞬(いぶか)しんでいるという表情を見せた。


「肩って、元々こういう感じだったのかぁ」

「どういうことだよ?」

 悠が重ねて聞く。


「何年、この肩と付き合ってきたと思うのよ?

 当たり前がわからなくなっていても仕方ないでしょ」

「あ、はい」

 悠は他に答えようがなく、そう口の中でつぶやいた。


「肩って、こんなに楽に、しかもこんなに深く曲がるんだ」

 そう言って、上げた腕を頭の後ろに回した美岬の左肘は、後頭部の真ん中を越えて深く右側に届いている。

 美岬の顔が、だんだんと興奮を顕わにしてきた。


「治癒魔法、すごい効き目。これ、もう一生治っているってことよね。

 マジですごいわー」

「治癒魔法にできることは、あるべき姿に戻すことだけなんです。だから、怪我と病気には効いても若返りには効きません」

 星波の補足も、美岬の感動の表情を変えることはなかった。


 興奮冷めやらぬ感じで言葉を重ねる。

「たとえそうだとしても、この凄さが減るわけじゃないし」

「ごにょごにょ、ユウ、ごにょりょりょ、ヘイゲン」

 再び星波の呪文が響き、悠の全身が一瞬の光に包まれた。


「おわっ!」

「どう、悠?」

「……なんだろ。これは……、なんだろ?」

 そう言いながら、悠はその場で立ち上がって軽く何回かその場でジャンプした。あとからあとから興奮が押し寄せてきていて、自分を抑えきれないのだ。


蒼貂熊(アオクズリ)との戦いで、体温失って死にかけて……。

 アドレナリンが身体に駆け巡っている間は良かったけど、それが抜けたあとはなんか可怪しかったんだよね。剣道部の長尾も、空手部の坂本も、ラグビー部の五十部もなんだけど、20年も歳を取ったみたいで、10代の身体じゃなくなっていた気がしていたんだ。坂本と五十部は未だに歩けてないし。

 もう、ずっとこの状態なのと付き合っていくしかないと話したし、実際長尾の顔は毎日老けていってたし、星波さん、なんとか彼らにもこれ、掛けてもらえませんか?

 このままだとアイツら、遠からず死んじゃいそうで……」

「今の私の立場だと、口外しないという約束をしてくれるのなら構いませんよ」

 喜びに腕を突き上げる悠と対象的に、星波の顔は疲労の色が濃い。


「魔法は、体内の魔素を使うのでしょうけど、生気(プネウマ)を失うと言っていいほど疲れを呼ぶみたいですね」

 瑠奈の冷静な声に、悠は我に返った。

 たしかに星波の顔は血の気が引き、先ほどまでの控えめでも元気な黒猫といった感じは消えている。


「だ、大丈夫ですか?

 僕たち、無理をさせちゃったんですか?」

「ちょっと、失礼します」

 そう言って星波は眼の前の金の塊に手を伸ばした。

「ごにゃらごにゃら、セナ、ごにゃるらごにゃら」

 再び詠唱がされ、一気に血色が戻る。あまりの容易さに、どこか嘘くさいものを感じほどだ。


「これでもう大丈夫。

 魔術師は生命を削って魔法を使います。昔は、魔術師は長生きできませんでした。30歳を越える辺りでみんな死んでいったんです。

 それを、この金のコンデンサで変えたのも父でした」

「鳴滝さん、すごいことを……」

 美岬の感嘆の声が部屋に響いた。

第37話 魔法とは……

に続きます。

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