第35話 人体実験
「とりあえず、星波さんの治癒魔法というの、僕に掛けてもらうことはできますか?
状況証拠は揃っているんです。あとは実際に使用しての感覚が、前に僕が受けた処置と同じなら、魔素と生気は、同じものと言っていいかと」
そう提案したのは、ヨシフミだった。
「ヨシフミさんは人間じゃないし、どんな怪我をしてもすぐに治っちゃうんじゃないですか?
治癒魔法を掛ける意味がないと思うんですが……」
悠の指摘に、ヨシフミは答えた。
「そのとおりです。だからこそです。
治癒魔法がどのようなものであれ、僕の身体に致命的な影響を与えることはできない。だから、僕で実験すれば……」
「ヨシフミ、甘い」
瑠奈がヨシフミの言葉を切って捨てた。
「アンタ、中学生のときにヴァンパイアになって、そのときの姿のまんまじゃ社会生活できないから、大人になるまで体内の時を進めたんでしょ。そのときの処置をもう忘れたの?」
「忘れるわけないだろ。
あの短剣で刺された痛みは忘れられない」
そうなのだ。そのときに、ヨシフミは容赦なく体内に短剣を刺されている。
「そう、アンタの身体は、生気に対しては無敵じゃないのよ。むしろ、普通の人より微妙なバランスの上に成り立っていると言っていい。ヴァンパイアは生ける死者とも言えるんだからね。アンデッドに治癒魔法は……」
「え、エフ工フかよっ!?」
「そうならないって、自信を持って言えるの?」
「……」
黙ってしまったヨシフミに対し、美岬と悠が同時に手を上げた。
「僕に。蒼貂熊と戦ったときの怪我がまだ……」
「いいえ、悠ではなく私に掛けて。肩に」
「肩って?」
悠が聞くのに、美岬は軽く笑って答える。
「小学生の時にね、肩を関節技で外されているの。それも最大限の痛みが来るように。そのあと完全に治ってはいるんだけど、歳とともにね、痛いまでは行かないんだけど、だんだん重くなってきて……」
「なんでそんなことに?」
悠の質問に美岬はため息とともに答える。
「だから悠には、組織のことは一切秘密にしてきたのよ。どんなときでも生きて帰る。そのための洗脳手法なのよ。
だから、私は生きて帰って来れたし、無条件に生命の危機には身体が動く。もう、考えることなんか飛び越してね。こうしたのは私の両親の決断。必要だったし、無条件に私はこれでよかったと思っているけど、でもこんなの、普通に生きていく決心をした人間にはよくないことでしょ?
でもね、それが私の運命だったから」
「親御さんが、娘を洗脳してってこと?」
瑠奈の声は遠慮がちではあっても、怒りに似たものを含んでいた。
先ほどのソファの下に手を突っ込んで武器を握り、同時にヨシフミを蹴り上げた凄まじい動きの意味を瑠奈は知ったのだ。
「違う違う、もっといろいろあったのよ。私の両親だって、苦渋の選択。父は内臓がいくつかないし、母だって、ね……。で、両親と同じ道を歩くことを、私が決めたの。繰り返すけど、私が、ね。だから、私の両親は決断したの。
だから、引退した私の肩の後遺症がきれいに消えたら、両親も、関節技を掛けた人も安心すると思うの」
「……壮絶」
先ほどの夕食のときの美岬と、今の美岬は別人と言っていい。テレビで見たことのある姿からは想像もできなかった。さすがの瑠奈も260年に及ぶ人生の中で、会ったことのないタイプだった。
「わかりました。すぐ、でいいですか?」
それまで黙っていた星波の質問に、美岬は笑顔で頷く。
「私で上手くいったら、悠も掛けてもらいなさい」
「母さん、自分で人体実験かよ?」
「星波さんに失礼でしょ」
そう答える美岬は、悠の指摘を否定はしなかった。
このあたりは、ここなんです。
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第36話 治癒魔法
に続きます。




