第23話 夕食2
「1度目の体験は、防除ってやつね。カイコの微粒子病。パスツールが病原菌を見つけるまで、世界中で謎の病気だったのよ。これで父の農園は壊滅し、母も死んだ。そして、当然だけどフランスの養蚕も壊滅した。生糸を集積するところ自体が廃止されちゃったんだからね。
2度目の体験は、フィロキセラっていう、アブラムシ。この害虫によって、フランスのぶどうは壊滅状態になった。
1850年代後半から1870年代半ばまでのたった15年間で、フランスのブドウ樹とブドウ畑の半分近くが壊滅して、ワイン産業の賃金も半分以下になった。生活が成り立たなくなって、フランスから出ていく移民もたくさんいた。 フランスの経済被害は100億フランを超えた。一時は、私の立ち上げたシャトーの生産も完全に消滅した」
「それでどうしたんです?
今、フランスワインはたくさん売ってますよね?
問題は解決したんでしょう?」
悠の質問に、今度は美岬が答えた。
「……フィロキセラの話は知っている。料理研究家を名乗るなら、知らないとは言えない知識よね。
結局、問題は解決しなかった。対策としては、フィロキセラ耐性のあるアメリカのぶどう台木に、フランスのぶどうを接ぎ木したのよ。ただね、それでフランスワイン全体の味が変わったっていう説も根強くてね……。それでもまぁ、病気や害虫に対する耐性は果てしなく大切ってこと。フィロキセラ耐性のあるアメリカのぶどうがなかたらと考えると、背筋が寒い。
まあ、味が少し落ちたのは事実かもしれない。でも、なくなってしまうよりは遥かにいい。
……でも、そうかぁ。ダーカスとこちらでは、食材自体がそんなに違うのかぁ」
美岬はそう答え、天井を見上げた。相当の感慨があるらしい。
そう話している横で、ヨシフミがパラの蕾を指先で摘んでは皿の外に置いていく。
置かれた蕾は、茶色く萎れていた。
「つまんない。
そんなに美味しいものがあるのなら、人間だったときにきちんと食べておけばよかった。バラの生気、毎回同じなんだよな」
「毎回それ、言っているよね。でも、食べ物より血かバラかの方がいいって決めたのはヨシフミ自身じゃん」
そう言いながら、瑠奈はステーキをナイフとフォークで切り取って口に運ぶ。だが、その一切れは100gぐらいはありそうだ。そして、そのまま二噛みして、咀嚼による粉砕なしの原型のまま飲み込んでいく。
「付け合せもソースも別にしてくれて嬉しい。
日本の料理は基本的に大好きなんだけど、肉に魚味を付けるのはどうしても違和感が残っていて……。野菜の味を付けるのも、なんか違うしね」
瑠奈の肉食獣らしい言葉に、悠が反論した。
「そんな、肉に魚の味付けるなんて、変なことしてませんよー」
悠の言葉に、瑠奈は軽く首を横に振った。
「牛丼とか、出汁を使っているでしょ。この国では、鰹節の出汁で肉を食べるのが当たり前なんだよね」
「あっ、そっか。言われてみれば、カツ丼や親子丼もそうなんですね。鰹節は魚だったかー」
「そうなのよ。みんな自覚してないのが怖いわ」
瑠奈の言葉に、悠はうなずかざるをえない。
星波はその会話を聞きながら、自分には確実に存在するさらに大きな「常識の違い」を心配せずにはいられなかった。だが、その心配は、不思議と不安よりも未来への期待を感じさせていた。




