第22話 夕食1
「とりあえず、瑠奈さんの好みはわからないんだけど、ジェヴォーダンの獣と言われていたそうなので、肉食だと思ったのでお肉を。お肉への下味は控えめにしてあるけど、ソースとか付け合せはいろいろな種類を用意したので、お好みでどうぞ。
ダーカスでは肉の壺焼きを食べると本郷さんの奥さんに聞いたので、星波さんへは鍋で羊を蒸し煮にするブレゼにしてみました。好みに合うといいんだけど」
「わぁ!」
星波が声を上げた。
ダーカスの食堂の親父もなかなか洒落たものを作るようにはなっていたのだが、それとは比べ物にならないほどの華が皿の上にはあった。
「パンも用意したけど、マッシュポテトもたくさん用意してあるから、これと比べてダーカスの本場の味を教えて。私もそういうの作れるようになりたいし、逆に星波さんがこちらに慣れるきっかけになればいいし」
カトラリーも並べられて、星波はさっそく手に取った。
今まで話していた重い話題のことなど、頭からきれいに消え去っていた。
フォークで一口ぱくりと食べて、星波の表情が曇った。
「……全然違います」
「そっか。ダメかぁ」
そう言う美岬の声は、本当に残念そうだった。
「ダーカスに比べると、こちらの方が美味しすぎるんです」
「えっ、そうなの?
どういうこと?」
「こちらに来てから、見るものすべてが怖いことばかりと感じてます。ダーカスと差がありすぎるんです。このお料理も怖いです。
父が来た頃、ダーカスの料理は貧しいものだったと聞いています。野菜なんかほとんどなくて、芋とこちらで言えば羊にあたる家畜の肉と乳しかありませんでしたから。でも、父がこちらからいろいろな野菜を持ち込み、農地を何十倍にも広げた結果、10年の間にそれまでの100年分の進化をさせたと言われています。誰もが、おなかいっぱい美味しいものを食べられるようになったんです。でも、それでもまだ、ダーカスはこちらには敵わないんですね。
なんか、一つ一つの食材の味が違う気がします。母が言っていたとおりです……」
「そうなの?」
星波の母、ルイーザがこちらの世界でなにを食べたかまでは、美岬も知らない。ただ、美岬としては、星波が言うほどの味の差があるとも思えなかったのだ。
「母は、今でもみぞれ酒と鴨蕎麦の話をすると顔がとろけます。私が生まれる前に食べたもののはずなのに、忘れられないみたいで……。
でも私、そこまでこちらの食が美味しいだなんて、信じられなかったんです。でもでも、ここでご馳走になって、なんていうか、洗練の度合いが違いすぎです」
「そうなの?」
美岬はマシンのように「そうなの?」と繰り返していたが、話を聞いていた瑠奈が割り込んだ。
「おそらくは、そのダーカスに野菜を持ち込むにあたって、星波ちゃんのパパは味なんか二の次だったんだと思うよ。病気や害虫に強く、間違いなく育つ早生の多収品種ばかりを持って行ったはずよ。でね、こういうのはたいていあまり美味しくない。
昔、サツマイモの『沖縄』なんて品種は日本中で作られていて、それこそ量はいくらでも取れたけど微塵も美味しくなかった。お年寄りが『サツマイモは嫌いだ』って言う理由の1つよね。
今の主流の美味しい品種は、たくさんの肥料と防除が前提に育成されているから、それらの供給がされないと作れないの。
これってね、とても重要で怖いことなのよ。私自身も、2度も経験しているから」
みなフォークを握ったまま、瑠奈の話に耳を傾けた。
第23話 夕食2
に続きます。




