第21話 呪文の本質
抽象的なことをどう理解し説明するか、そのための語彙はダーカスよりこちらの世界の方がはるかに多いようだった。ダーカスの水準では極めて高い教育を受けた星波ではあったが、言葉の不自由さがなかったとしても、瑠奈と議論をしたら勝ち目はないと感じていた。
だが、瑠奈は「やりすぎた」と舌を出した。
260歳の瑠奈が、16歳の星波に語彙で勝っていることを明らかにしても、それは失態に過ぎない。そう反省したからの照れ隠しだった。
星波の気持ちも知らぬげの行いでありながら、その実、最も理解していたと言っていい。
そして、そんな瑠奈の思いに気付かぬようで、ヨシフミがつぶやいた。
「ああ、それは理解できるなぁ」
と。
ヨシフミはオカルトの知識の実践者だ。オカルトという果てしない迷路に囚われないための注意と警戒は、どのようなときでも止まることのない習性になっている。だから、「個人の抽象的な認識の混沌と漠然の中に術自体が沈んでしまう」という言葉に、深く納得したのだ。
だが、星波にはまだ、それを実感できるほどの経験がない。
ヨシフミはまだ、それを推し量ることができなかったのだ。
悠は悠で、まったく実感はできなかったが、それでもなんとなく今までの会話は理解していた。
当然のことだが、普通の高校生である悠に魔法のことはまったくわからない。だが、受験を控えて日々相当量の勉強をしているから、その知識から演繹したのだ。
たとえば道に生えている雑草を分類して記録するとして、コケ類、シダ類、裸子植物に被子植物、双子葉植物に単子葉植物、いろいろな分類項目をきちんと理解して、表に整理していかなければ不可能だ。独りの人間がなんとなくの項目で漠然と分けていくなど、限界があっという間に来て混沌としてしまうだけだ。
魔法だって、整理という意味からは同じことが言えるはずだ。思考とイメージなど、無限大なのだから。その整理のために言葉を使う、それが呪文なのだ。
「そうなると……。
膨大な数の単語の単純な組み合わせで呪文ができていて、呪文になることで魔法が整理して理解できるものなのだとすると、蒼貂熊が魔法を使えないのが不思議です。だって、体内に魔素を溜め込んでいて、仲間と意思の疎通もしているんですから、彼らなりの言葉もあるはずです。
いや、仮説が正しいとすると、使えないようにしてあるというのが正しいのでしょうね」
悠がそう言ったところで、美岬が顔を出した。
「1回キリつけて。夕食、運ぶよ。
悠、手伝って」
そう言われて、悠が立ち上がる。
すぐに、美岬がワゴンで夕食を運び込んできた。悠は、大きなバスケットを抱えていて、そこからは大きなパンがいくつも顔をのぞかせていた。どうやら焼きたてらしく、部屋の中に一気に香ばしい香りが満ちた。
だが、ヨシフミだけが、その姿に違和感を抱いていた。星波はこちらの世界で初めて見るものだったし、瑠奈はフランスの自分の会社のワイナリーで見慣れた当たり前のものだったから、違和感など感じるはずもない。
使われていたのは業務用の、棚板1枚あたり250kgもの荷重に耐えられるワゴンだった。料理を運ぶにはオーバースペックすぎる。おそらくは、想定された他の用途があるに違いないとヨシフミは想像した。
そして、そのワゴンの上には、ヨシフミのために真紅のバラの開きかけの蕾が1ダース、瑠奈には3kgはあろうかというブルーの特大ステーキ、それから星波と悠、自分自身へは羊肉のブレゼが乗っていた。
第22話 夕食
に続きます。




