第12話 名乗り
「やっぱり、この娘には本性が見えていたんじゃない?
気絶するだなんて、これはもう、ねぇ……」
男の声が星波の耳に届く。
「ふざけないでよ。私、きちんと人間の姿とっているし、どっから見たって、ほら、可愛い女子でしょ?」
「はい、特に……、って、えっと、人間の女性ですよね?」
この返答と問いは悠の声だ。自分の言っていることに、まったく自信が持てていないのがイメージとして伝わってくる。
星波は、聴覚だけが失神状態から回復しているのに気がついていた。その他の感覚は戻っていなくて、宙をふわふわと浮いているような頼りない心持ちだ。でも、もうすぐ気がつくのだろう。
「いや、でも、中身は、ほら、わがままだし、250歳を超える婆さんだし、性格はキツいし」
さっきの男の声だ。言っていることはなかなかに辛辣だと思う。しかも、なに言っているのかわからない部分もある。ダーカスの方がこちらより長寿だと父から聞いている。それでも、ダーカスではこちら換算で220歳を超える長老はいないのに、250歳って……。
「ヨシフミっ!!」
誰かが誰かを叩く音。それはもう相当に強く、容赦がなく激しい音だ。だが、叩かれた方からの苦痛のうめきのようなものは聞こえない。
あの獣に叩かれて平気なのだとしたら、男の方は常軌を逸して頑丈なのかもしれない。
「というか、今の話だと、正体はヒトとは違うということですか?」
この冷静な声は、美岬の問いだ。
そこで、ようやく星波の全身の感覚と、筋肉への神経がつながった。
がばっと起き上がってみれば、先程と同じく巨大な猛獣がいる。だけど、おとなしく前足を揃えて座っている姿を見ると、怖いのは怖いけど、先ほどまでに比べればいくらかは耐えられるかもしれない。
「その前に、星波さんが気がついたから、確認させて。
なにが見えたの?」
「巨大な猛獣が……」
「しっつれいねぇ。私のことを摑まえて、猛獣だなんて。
この姿だって、そんなには怖くないわよ」
そう言うなり、ソファに座っていた小柄な女性は、巨大な狼の姿に身を変えた。
「ひっ!!」
ここではじめて瑠奈の本当の姿を目にしたのだろう。悠の声にならない悲鳴が響いた。美岬は床すれすれまで身を低めて、ソファの下に手を突っ込んだ。その行動に一切の迷いはない。高度に訓練された者の洗練された反応だった。
「銃なんか出さないで。冷静ではいられなくなる。私は誰も襲わないから」
巨大な狼は焦った口調でそう話すと、また女性の姿に戻った。だが、これは先ほどの姿とは違う。先ほどまでは日本人に見えていたのだが、今はどう見ても赤毛の白人の女性の姿なのだ。
「まずは名乗るし、説明するから。
頼むから銃口を私に向けないで。冷静に話せなくなっちゃうから」
そう繰り返されて、そろそろと美岬の手がソファの下から引き出される。その手にはなにも握ってはいない。だが、姿勢は低いままだし、その手は小刻みに動いて固着するのを防いでいる。これだと、どれほどのスピードを誇る獣であっても、美岬の発砲の方が早いだろう。
「ありがとう。旦那とはもう話させてもらっているし、奥さんも信用してくれないかな。
あ、信頼してもらうための材料はこれから話すから。
私はフランスから来たルーナ。日本での名は瑠奈。来たのは明治維新の直後。美岬さんのご先祖の、美羽さんと美緒さんにも会ったことがある。こちらは、ヨシフミ。まだ二十歳そこそこのヴァンパイア。
それから、私の祖母は、パリの狼のうちの一頭だった」
その言葉に、悠の指が忙しなくスマホの画面を撫ではじめた。「パリの狼」を調べているのだろう。
第13話 人として生きる選択
に続きます。
挿絵は花月夜れん@kagetuya_ren さまにいただきました。
感謝です!!!!




