第1話 来日
星波は、ひたすらに驚いていた。
円形施設から召喚や派遣で、空間を跳躍したのは生まれて初めての経験だった。
木造で文様が刻まれた円形施設の壁が見えなくなった次の瞬間、星波は石造りの壁の囲まれた空間にいた。
それが星波にとっての驚きの始まりだった。
壁一面が1つの大きな石なのだ。それもきれいに面が出ている。ノミやタガネで削った跡など皆無なのだ。しかも部屋のカドを見ると、石と石の継ぎ目がない。こうなると、縦横高さとも星波の身長の20倍ぐらいある大岩から、この部屋自体を削り出したとしか思えない。
どれだけの労力と銀貨があればこのような工事ができるのか、想像もできなかった。
そして、鉄の扉を開けてその部屋を出て、待っていたのは同じ年頃の男子だった。
「はじめまして。
鳴滝さんの同級生だった双海の息子の……、悠と申します。これからウチまでご案内いたします」
星波の体内で魔素石翻訳がされていて、相手の言いたいことは翻訳されて聞き取ることができる。
だが、この魔素石翻訳はイメージ先行で、言葉の裏まで翻訳してしまう。この悠と名乗った男子は、自分の名前についてなにか複雑なものを抱いているようだった。
だが、星波はそれを問えるほどの日本語の能力がない。魔素石翻訳は、星波の体内に埋め込まれている機能だから、悠の言いたいことはわかっても星波の言いいたいことは伝えられないのだ。
星波の母のルイーザは日本語をかなり扱うことができているが、星波はまだそれほどではない。というより、今までたいして必要性を感じてこなかったのだ。
それでも、カタコトでなんとか返した。
「鳴滝星波です。よろしく、お願いいたします」
と。
その言葉を聞いて、星波の日本語での会話力を察したのだろう。悠の言葉はゆっくしたものになった。
「これから、歩きで自宅に帰ります。
星波さんは、本郷聡太さんと会ったことがあるようですね。彼の自宅の近くでもあるんですが、今回は彼には会えません。なぜなら、彼にはマスコミが張り付いていて、ほとぼりが冷めるまでは誰も近づけないのです。
また、彼の希望でダーカスに召喚してもらう交渉もしていますから、もう行っているかもしれません」
「それは残念です」
星波の口調は、不慣れな言語であったとしてもがっかりした感情を露骨に表していた。
そう何回も会ったわけではないが、9歳のときに初めて会って以来、兄のように思っていたのだ。そのときの聡太は15歳だったと、あとから聞いている。その年齢差はいかんともしがたく、恋愛という感覚にこそならなかったが、聡太の人間性は極めて好ましいものとして星波の中に強い印象を残していた。
星波は、聡太の言葉を忘れてはいない。
「少なくとも、ダーカスは僕の世界より悪意は少ない。僕の世界が悪意に満ちているとは言わないけど、それでもここより絶対に少ない。
だから、大変なのはわかるけど、僕の世界に行くより絶対マシ。
だからさ、絶対負けないで。
絶対、後悔しないから。
大丈夫だから。
ホント、大丈夫だから」
世界を救った『始元の大魔導師』の娘として生まれ、その重圧に押しつぶされそうになっていた星波に対し、聡太は不器用で途切れ途切れでもそう思いを伝えてくれたのだ。この言葉だけでも、星波はどれほど根深い孤独感から救われただろうか。
今の星波は、そのときの聡太の歳を越えている。
手紙のやりとりはあったが、もう一度会って、今の自分をそのままに話したいとは思っていたのだ。だが、聡太がダーカスにいるなら、そう遠くない未来に再び会えるだろう。
第2話 悠
に続きます。




