第24話 ダーカスの街で2
ルーは、俺の顔を見上げて言う。
「あなたの好きな、みぞれ酒と鴨蕎麦。
どう?
鰹節と昆布以外は、こっちでも自給体制が整っている。うちで使う分くらいは、本郷殿の奥様が送ってくれている。料理人も育っている。でも、美味しさはどうかな?」
「そりゃあ、上野の店ほどじゃないけど、ようやくそれなりには……」
という俺に、ルーは被せた。
「弟子入りして、修行しないと得られない世界もあると思うんだ」
……そういうことか。
技術ってのは、テキストだけじゃわからないところがある。
電気工事士だってそうだ。試験を受けて、資格を取れたら一人前じゃない。問題はそこからなんだ。なにも精神論の話じゃない。そもそもなんだけど、今の家庭で照明だけしかないなんて家はない。たとえば給湯器なら、電気と水道みたいな組み合わせがされている機械だ。他の職人との連携が必要になることだってあるし、現場でのスペースの取り合いの問題もある。家の1か所にいろいろな機能が集中しちゃうこともよくあることだからね。そういう調整から始まって、そもそも施主の生活の中でどういう工事が最適なのかを判断していかなきゃならない。
そういう経験も積んで、初めて現場で使える職人になっていくんだ。技術は施主のために使ってナンボなんだからね。
もちろんダーカスでだって経験は積める。
ただね……。
その技術の元々は、俺たちが持ち込んだ書籍によるところが大きい。
さらにね、絶対的な工事件数が違うんだ。質と量が揃って初めて仕事と言える。その点で、まだまだダーカスでは量に迫られて仕事が洗練されるということがない。
ルーは、そういうところまで人を育てないと、この先のダーカスの発展に支障が生じると思っているんだろうな。
だけど、俺のいた世界だって、試行錯誤の結果が今の技術だし、そういう意味ではダーカスでだって、ダーカスでなりの試行錯誤がされていくと思っていたんだけどな。
……ひょっとして、ルーの考えている問題って、これだけじゃないのか?
まだなにかあるのか?
それとも……。
あ、ただ単に試行錯誤の時間がないということなのかな?
「ルー、なんか焦っている?」
「はい、焦ってます」
「それは、この世界が戦争に巻き込まれるおそれがあるからかな?」
「それだけじゃありませんけれど……」
なんだよ、歯切れが悪いな。
「ほら、言えよ」
俺の催促に、ルーは伏し目がちになる。
「セナのことです。あの子はいい子に育ちました」
「そうだな。ルーに似てよかった。俺に似たら悲惨だったからな」
「そういう話じゃありませんっ」
なんだよ、わかっているよ。ちょっとしたお茶目じゃん。
「あの子は可哀想な子です。
私たちが親なばかりに、生まれたときからずっと特別扱いです。学校にいるときはまだいい。おそらくは卒業後、リゴスの魔法学院への留学もするでしょう。
ですが、どこでも『始元の大魔導師』の子として、他の子より隔絶したなにかを求められてしまう。それの期待はなにかの職についたとき、さらに過大なものになるでしょう」
……うん、それは言えてる。
子どもの頃の星波は、家から出るたびに両手いっぱいの食べ物と工芸品を持ち帰っていた。街の人が放っとかないんだよ。きちんと話せるようになって、真っ先に憶えた言葉が、「お金を払わないと、あとで父母に怒られますから」だったくらいなんだ。
星波はたくさんの善意の中で、押し潰されるギリギリで成長してきたんだよな。
第25話 ダーカスの街で3
に続きます。




