第37話 関与確定
長い時間のようでいて、双海と菊池が指示を下していた時間は案外短かった。
あいさつもなにも抜きで、ただただシンプルに要件だけを伝えているのだから、そう時間がかかるはずもない。それに、2人とも相当に早口だ。しかも、双海と菊池の息がぴたりと合っている。無駄な重複もないし、言葉足らずのところもない。
その話法に、瑠奈とヨシフミは学ぶものが多いと感じていた。
もともと薔薇十字は戦うための組織ではない。『人類を死や病といった苦しみから永遠に解放する』ための互助組織だ。だからといって、穏当に過ごせてきたわけではない。知識とは絶大な経済的価値を持つ。だから、秘儀を盗もうという相手は数え切れないほど現れてきたし、これからも現れるだろう。
その際に、双海と菊池のように行動できたら、遥かに楽に事態を終息させられるに違いない。
もちろん、双海と菊池がどれほどの過酷な訓練をしてきたのか、想像がつかない瑠奈ではない。だが、人間にできることが、ジェヴォーダンの獣である瑠奈とヴァンパイアであるヨシフミにできないはずがない。団員全員に過酷な訓練は課せられなくとも、瑠奈とヨシフミが双海と菊池のように指示を出せるだけで、対応の効率は桁違いになるはずなのだ。
双海と菊池が、スマホを置く暇はなかった。
最後の指示を下し終わるのと、最初の報告が同時かつ最重要なものだったからだ。
「本郷の未亡人、金を売っている。御徒町の、鳴滝が金を売った店だ。書類が残っていた。関与確定」
ここまでを双海が言い、ふたたび2人はそれぞれのスマホで指示を出す。この言葉の瞬間から、2人の身にまとっている雰囲気は激変していた。穏やかさなど微塵もない。文字通りの戦闘中の人間のそれである。指示を受ける方もそれを感じているのか、回答の言葉のスピードが上がっているようだ。
「すぐに金売買詐欺で令状を取って引っ張れ。息子もだ。もう成年になっていたはずだ。この際、手順は無視していい。ただし、マスコミには身柄を見せるな。連行先はここでなくていい。ここに連れてくるまで2時間はかかる。こちらから1時間で行くから所轄の取調室を押さえろ!」
「ヘリコを。いつもの救急病院の屋上に回せ!
乗るのは4……」
そこまで言って、菊池は送話口を手のひらで覆って瑠奈を見た。
「失礼なことを聞いて申し訳ないです。内山さんの体重は、今は……、どっちですか?」
二重人格を疑うほど穏やかに聞かれて、瑠奈は引き込まれるように言わなくていいことまで言ってしまった。
「人間相当、42kgよ。ヘリコに乗るのに問題はない」
「ごめんなさい。ありがとう」
菊池はそう言って、「4名だ!」とあらためてスマホの向こう側の相手に伝えた。
瑠奈は思う。「人間に相当するのか?」と聞くと、瑠奈を人扱いしていないようだと菊池は感じたのだ。なので、「今は……」と言葉を濁したのだ。
瑠奈は気にしていないということで「人間相当」と答えた。菊池は、それに対して、「ごめんなさい。ありがとう」と答えたのだ。
この事態の中でも、この菊池という男はどこまでも優しい。そこに瑠奈は、こちらの世界の強さを自覚した。異世界から蒼貂熊を送り込んでくるような敵には負けない、と。
第38話 移動
に続きます。




