第34話 転機
「そもそもここ、どこなのよ?」
瑠奈はもういいだろうと思って聞いてみた。
「都内だ。内山さんの自宅まで、車で2時間と掛からない」
そう言いながら、菊池が連絡先と書かれた紙を渡してきた。そこにはメアドと電話番号が書かれている。こういったものを渡すということは、「このメアドと電話番号は共に何重にもガードされているものなのだろうな」と、瑠奈は思う。
菊池から紙を受け取り、全員で立ち上がったとき。
その菊池が遠慮がちに声を掛けてきた。どうしても好奇心が抑えられなかったらしい。
「最後に、1つ、教えてくれ。取りようによっては極めて下世話な話なんだが……。
薔薇十字とかのあの時代の結社は、錬金術と密接な関係にあったよな。通常の科学では不可能なことだが、生気を前提としたらどうなるんだ?
金の生成には成功しているのか?
いくつもの怪しい話と、1つ2つだけの成功譚が語られるけど、中世思想史の体系の中で位置づけるとき、錬金術が無駄で愚かしいだけのこととは言い切れない気がしているんだ。もちろん、化学の基礎になったとかの話は承知している。その上での話だ」
そういえば菊池というこの男は、自分のことを歴史家と言っていたなと、瑠奈は思い出す。
「不可能じゃない。純粋で大量の生気があればね。だから、錬金術は末期で生贄と結びついて、より怪しいものと見做されるようになった。フランス元帥ジル・ド・レだけじゃないのよ、酷いことしたのは……」
「そうか。やはり成功例があったのだな。
いくら黄金に魅力があるにせよ、具体的な話1つもない中で、中世の人々がただただ愚かなことを繰り返していたとはどうしても考えられなかったんだ」
瑠奈が生まれたのはもう近世ではあったが、フランスの田舎ではまだまだ中世を引きずっていた。だから、この言葉は嬉しいものだった。
いつも野蛮で貧乏で汚くて、迷信に満ち満ちているところという言われ方で貶されてきたのだ。だけど、瑠奈の母はきちんと家の中を清潔に保ってきていたし、父も敬虔で神を信じていたが、迷信には距離をおいていた。だけど、そんな反論、できるわけがないではないか。
その嬉しさが、瑠奈にもう一言の情報を口にさせた。
「賢者の石は、生気を物質化させたものよ。それで生成された金は、元の金属の含有不純物まで金に変えられているので、極めて純度が高いのよ」
その言葉を口にした直後の双海と菊池の反応は、瑠奈の予想を越えていた。凄まじいまでのショックを受けたのか、土気色と言っていい顔色である。
そして……。
「鳴滝!?
あの野郎!」
双海が叫んだ。
何年か前、双海と菊池に持ち込まれた案件があったのだ。
双海も菊池も、まだよく憶えていた。やはり幕末の時代と金が絡んでいた話だったのだ。
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4年前のさいたま新都心。
中が空洞に見えるほど吹き抜けが大きい、国の省庁の入っているビルの一室。
双海も菊池は、盗聴対策機器のスイッチを入れた上で打ち合わせをしていた。
「次の議題だ。
おい、ロシアのラクスマンが大黒屋光太夫を返しに根室に来た時、すでに日本にいたロシア人をピックアップして、一緒に帰ったなんて話を知っているか?」
深刻な顔で、双海が聞いたのだ。
第35話 過去の事件
に続きます。




