第30話 昔話
「そこまでの話をした覚えはないのだが……」
「明治維新直後、150年前に横浜にいた数少ない来日者たちの間では、常識でしたよ。
当時、日本人はせいぜい話せてもオランダ語止まりでした。その中で、アメリカ軍人と懇意で英語とロシア語を話し、横浜の居留地に日本のアンティークを売りに来るという母娘の話です。一度見たら忘れられないほどきれいな母娘で、新政府の中枢にまで食い込んでいたとか。商館長どころか軍の人間までが、便宜を図ってもらったことが一度や二度ではすまないと話してましたよ」
「……美羽、美緒の母娘ですね」
その情報開示に、瑠奈は再び驚いた。
おそらくは、瑠奈の言葉に男たちも驚いているはずだ。だが、それを露わにするより、対応する具体的な情報を出してきたのだ。取引に必要なら、出せるものは出す、そう考えているとしか思えない。
こうなると、腰を据えて相当に深いところまで互いの持つ情報を交換せねばならないだろう。そうでなければ、Give and Takeが成立しない。
見合うだけの情報が出せなければ、その分のなにかを出さねばならなくなる。そして、そちらの方が負担が大きいのは自明のことだった。
「その美緒の子孫の美岬を妻にしてますよ」
双海の付け加えた言葉に、今度はヨシフミが驚きの表情になった。
「双海美岬さんって、料理番組とか出ているすっごくきれいな人でしたよね?
同姓同名の別人ですか?」
「本人ですよ。
こういう仕事をしていると、家族の身の安全も守らなきゃならない。そうなると、一般に知られている存在にしておくと安全なんですよ。そういう人を拉致したりしたら大騒ぎですからね」
それは瑠奈にも納得ができる。
衆人環視のものは盗みづらく、壊しにくいものなのだ。
「……言われてみれば美岬さん、美羽さんと美緒さんの母娘によく似てましたね。私は、この国に長いんで、お2人ともお会いしたことがあります」
「……そうですか。2人には護衛の侍がいたのはご存知ですか?」
双海が抑えた口調で聞くが、驚きを押し隠しているのは明白だった。
「……よく憶えてはいませんが、若い男性がいつも一緒にいたような。でも、恋人とかには見えませんでしたね」
「その男も、ヨシフミさんの赤い目に耐えられましたよ」
「双海さん、なんでそこまで……」
「ああ、すべて記録が残っているからですよ」
そう横から言ったのは菊池だ。
瑠奈は、その言葉に対してどう言っていいかわからなかった。
人間の寿命はあまりに短い。短いからこそシステムとして記録を残す。瑠奈はそしてその祖母も、寿命が長いからこそ記録を残す必要性を認めてこなかった。それを、今ここで自覚させられ、猛省せざるをえなかったのだ。
「で、ついでだから聞いてしまいますが、私のことはどのくらい……」
「富岡製糸場の教婦から始まって、助産婦されたり、いろいろと過ごしてこられましたね。手に入る限りの古写真を集め、骨格測定しましたよ。義務教育を何度も受けてますからね。卒業アルバムは入手は楽でしたし、結果としてトレースは簡単でした。その結果、すべての写真で親子以上の同一性、つまり本人だと認められたんです」
と、菊池が答えた。
第31話 ヒトの集団の優位性
に続きます。




