第26話 諜報活動とは殺し合いではない
「どうして?」
ようやくつぶやいたヨシフミに男は言う。語調はゆっくりだが、自らの意思で話しているようだ。
「こういう精神支配も初めてではない。それなりの訓練も受けた。なんとか支配を脱しつつある」
「……どういうこと?」
「まず……、だが。
つい数年前まで、科学的に研究されていた手法だ。ほぼ完成していたのだが、コストの点で導入には至らなかった。掛けるより後遺症なく解く方法に、莫大なコストが掛かったんだ」
その応えに、ヨシフミはなにも言うことができなかった。
人類を舐めていたつもりはない。だが、それでもこれは想定外だった。
「敵になら使ってもいい、って考えなかったの?」
そう聞いたのは瑠奈だ。
「戦いは常に相互のものとなる。俺たちがその手段を採れば敵もその手段を採る。
言っておくが、諜報活動とは殺し合いではない。エージェントの肉親に至るまでの、果てしない殺し合いになる危険を常に秘めているからこそ相互の自制が求められるし、ルールを破ったものは陣営や敵味方の枠を越えて叩かれるものだ。もちろん、ピンポイントで敵が使ってくるかもしれないし、それに対する防御も固めてはいるがな」
その答えに、瑠奈とヨシフミは、自分たちの生き方にも関わる新たなことを教えられた気がした。
「では、あなたは後遺症なく解けたってのを経験しているんですね?」
「いいや。俺のは、また別の方法だ。
俺は、太平の江戸で生まれた、洗脳の技法に特化した武道の宗家を預かっている。平和な時代だったから、直接の殺し合いよりもこのような技法に特化したのだ。戦国時代と違い、人を殺したからと褒め称えられることはない。むしろトラウマで早死しかねない。だから、どのような意味でも生きることに注視した結果、このような体系ができあがったのだ。
だが、安心しろ。これを伝える者は日本にも俺以外にもう1人いるだけだし、事前洗脳ともいうべき手段で備えているのは俺と俺の妻だけだ」
瑠奈はなるほどと思う。
そのような人間だったからこそ、逆に瑠奈やヨシフミのような存在を抵抗なく受け入れられたのだろう。
男は話し続ける。
「たった数年前だが、俺たちの常識は極めて即物的なものだった。だが、異世界への口が開くなんてことがあると、基本方針を改め、すべての情報を洗い直さねばならなくなった。
というのは、向こうは蒼貂熊などという、こちらの世界に極めて効率的にダメージを与えられるものを送り込んできているんだ。ということは、異世界の連中はこちらに対する最低限以上の情報を持っていると判断するのが妥当だ。つまり、向こうとこちらの接触は今回が初めてではないということだ。そして、向こうはその接触をデータとして持っているが、我々は喪失してしまっている。極めて作為的に喪失されられたと考えるべきだろう。
だが、その時の情報を保持し続けている組織があるか、石に刻まれたりして残された古文献が残っているはずというのが我々の考えだった。当時、こちらの世界で危機感を持つ者が皆無とは思えないからだ。
だが、1000のうち999がガセな中で、残りの1つを探すのは情報のプロの我々をもってすら容易とは言えなかった。最終的には人間の能力では限界があるということで、すべての情報をAIに分析させ、怪しいものは篩い落とした。そして、それでも残った一筋の情報を我々は追い続けた」
瑠奈は思う。そうか、それでC.R.C.にもたどり着いたのか、と。
第27話 合意
に続きます。




