第21話 名乗り
鉄のドアの鍵が通常のシリンダー錠であれば、その強度はたかが知れている。子牛ほどの大きさの巨体の狼である瑠奈の体当たりに、そう何回も耐えられるはずはなかった。
相手の正体次第だが、これ以上踏み込まれるようなら、たとえこの場ではヨシフミを見捨てることになろうとも自由の身を確保する必要がある。祖母に、なんとしても警報を送らねばならない。
その覚悟を持った瑠奈の誰何の低い声だった。
瑠奈が驚いたことに、返答は呆気なく返された。
「君たちに比べ、100年ほど古い組織だ」
「噂だけは聞いたことがある。本当にあったんだ……」
今度は瑠奈が驚く番だった。日本に来て、富岡製糸場に教婦として赴任する前に過ごした江戸で、そんな噂を聞いたのだ。御維新の際に暗躍し、来日外国人有力者たちの間にも伝手があったと言う。ただ、裏でなにをしていたのか、相当に金を欲していたという話だ。
ただ、そこが売りに来るものは別格に良く、ヨーロッパでのジャポニスムにも大きな影響を与えたいう。
「我々も驚いているよ。曖昧模糊とした歴史の暗がりの中で、まさか本当に実在したとは……」
「C.R.C.は実在したからね。
で、なんで私が今、嘘をついていないと?」
瑠奈も、今の会話で信用を勝ち得たとは思っていない。当然の質問だった。
「君の生体は完璧にモニターされている。細かな感情の動きもすべてな。先ほども、目を覚ましてからすぐに動かず周りを窺っていたのも確認している」
「そりゃ、どーも」
瑠奈は口の中で呟く。
なるほど、きれいなシーツにも理由があった。
このベッド、生体モニターのセンサーが大量に埋め込まれているに違いない。だから、そのセンサーを保護するためのシーツなのだ。間違っても瑠奈のためではない。
「ヨシフミはどうした?」
瑠奈は続けて聞いた。行動を見破られた弱みを、これ以上突かれたくはなかったのだ。それに、まったく気にしていないと取ってもらえば、気づかれるよう演技をしたのだと誤解してくれるかもしれない。
「もちろん、君と同じ待遇だ」
「なら、あまりイジメないであげて。
もう調べたでしょ。彼にはこの国に両親もいて、身元もはっきりしている。この組織に入って、まだまだいろいろ知らされていない下っ端よ。
責めてもなにも出てこない。まぁ、後学のために一度くらい拷問されてもいいけど、あなたたちの組織の容赦の有り無しってわからないからね。『軽く』で『死なないだけ』とか、『かろうじて人間の形は保っている』ってところもあるからねぇ」
「そう言う君はどうなんだ?
随分と業界にも詳しそうだが、たかだか二十代前半ではないか」
おっ、話を聞いてくれている。自分のペースに巻き込めていると、瑠奈は安堵する。きっと、相手は瑠奈を未だに信用はしていない。だけど、会話になっているだけで瑠奈にとっては得点なのだ。
多少の情報を与えるのは仕方がない。
「女は化けるものよ」
そう、文字どおり。
自分で言っておいて、その可笑しさに瑠奈は口元だけで笑った。
さっきから、瑠奈は本当のことしか言っていない。なのに、それだけで相手を煙に巻くことができる。拷問部屋なんて用意した相手がいっそ気の毒なほどだ。
「そうだな。何本足にだ?」
その返答に、瑠奈は凍りついていた。
第22話 正体露見
に続きます。




