第19話 対話
目を覚ましたとき、瑠奈は一人きりだった。
周囲に人の気配はない。狼の鋭い感覚を持ってすら感じ取れない。
だが、これは見張られていないことを意味しない。電子機器の気配など、感じられるはずもないからだ。
クロマンタから駆け下りて、車に乗り込んですぐ、爆発の衝撃が全身を襲った。その爆発は、瑠奈を殺そうとしたものではなかった。おそらくは、吸入麻酔薬の小さなボンベが破裂したのだ。その衝撃は強くいきなりで、瑠奈は対処の方法もなく、思い切り吸い込まされて即落ちしてしまったのだ。
目をつぶったままで、瑠奈は全身をチェックする。どこも痛くはない。そして、拘束もされていない。服は脱がされていないし、身体は柔らかい布の上にある。肌触りは悪くない。おそらくは洗濯したシーツが敷かれたベッドの上だ。
瑠奈はしばらく考えた後、思い切って寝返りを打ってみた。
なにも起きない。問題はなさそうだ。
こうなると相手の真意がわからない。なんのために瑠奈を拐ったのだろうか。これから苛烈な尋問や拷問が始まるのだろうか。それにしては、シーツの肌触りは良すぎた。
そして、ヨシフミは大丈夫だろうか。
ヨシフミは無敵の真祖のヴァンパイアとは言え、その経験は未だ浅い。このような場合、取り乱して自ら自分の弱点を晒してしまうこともありそうだった。
しかたない。時間稼ぎは止めだ。自分独りなら、1秒でも長く時間を稼ぐ。でも、今回はヨシフミを救わねばならない。できるかどうかは怪しいてものだとは瑠奈もわかってはいるのだが……。
瑠奈は目を開け、驚いたような表情を作って周りを見回した。
事前に気がついていたなどとは、相手に思わせたくなかった。まだ敵とも言い切れないが、この強硬な手段を思えば敵と思っていた方がいい。こちらの情報は出さないに限る。
部屋は無機質な白一色だった。窓はない。そして、見たところ鉄製らしい無機質なドアが一つ。
床には軽く傾斜がつけてあり、一番低いところには小さな排水溝が口を開けている。天井も白いジプトーンが貼られている。
瑠奈は、ため息が口から漏れそうになるのを噛み殺した。
ここは拷問部屋だ。いろいろなタイプの拷問部屋を瑠奈は見てきている。瑠奈が子供の頃、魔女裁判は禁じられて間もなかった。王が停止命令を出していたからだが、田舎ではまだまだその遺風は残っていた。拷問に使われた施設も残っていたし、魔女ではないかという誤解を受けぬように生きるのは、住人全員に叩き込まれた常識だった。
それから人類の文化と文明は進んだ。それでも、拷問された人間がその身体からありとあらゆる体液を絞り出されることに変わりはない。
瑠奈は思う。自分はまだいい。だが、ヨシフミを拷問させるわけにはいかなかった。なぜならヴァンパイアであることが、簡単にバレてしまうからだ。そして、この部屋の作りだと霧になっても逃げられないし、拷問する相手が同室にいなければ赤い目も使えない。取引にすらならないのだ。
そして、バレたら人類の知恵の総力を上げて、ヨシフミは真祖のヴァンパイアとしての能力を丸裸にするだろう。なのに、まだまだ人生経験の浅いヨシフミでは、それに知恵のみで対抗しきれはしない。
「……ねぇ」
瑠奈は声を上げる。その声は壁に反響し、そのまま消え去った。わけもない後悔が瑠奈を苛む。
「……ねぇ」
それでも、瑠奈はもう一度声を上げた。
「君たちは何者だ?」
いきなり男の声が部屋中に響いた。
第20話 ハードネゴシエータ
に続きます。




