第17話 なにもない?
クロマンタの登り口に車を止め、2人は鳥居をくぐって山道を登りだす。
道は険しいというほどではないが、木々の影で暗く狭い。
頂上の標高は280.6mだが、元々の地盤が高いので歩いて登る高低差は70mほどにしか過ぎない。そう苦労はない高さにせよ、6時間の高速の運転から休憩なしに行動できるのはやはり人ならざるものの力なのだろう。
登ると言ってなにか成算があるわけではない。だが、クロマンタを登ってその地の生気の流れを見れば、当然のようにわかることもあるだろうという安直な考えだ。だが、この安直な考えであっても、確認するためにはここまで来るしかなかったのも事実なのだ。
「どう?」
聞いたのは瑠奈だ。
夕闇が迫りつつあるクロマンタの頂上は木々に覆われ、眺望は望めない。小さな神社と木のない空き地、それだけの場所である。
ヨシフミはそんな周囲をぐるりと見回し、無言で首を横に振った。
「特に、なにも感じない」
「やっぱり?」
瑠奈がそう答えたのは、ヨシフミと同じくなにも感じなかったからだ。
「時間かなぁ。たとえば、朝日とともに生気が流れるとか……」
「なら、神社の向きがそっちなんじゃない?
ここの社は西向きだ。普通なら神社って東なり南なりを向いてるもんじゃない?」
「じゃ、これから日没でその時に……」
「思いつきだけで生きてるなぁ、ヨシフミ」
瑠奈に言われて、ヨシフミは黙り込む。
自分が言っていることが本当に思いつきでしかないことは、ヨシフミ自身が一番良くわかっていた。
「で、異世界への開口部は北東だから、鬼門の方向だよね」
「うん。だけど、こっちにもなにも感じない。たぶん、距離がありすぎてる」
瑠奈の言葉に、ヨシフミは応える。
「これって、クロマンタの話自体がガセってことかな?」
「うん。そうかも。だって、クロマンタに行くって話はネットでもたくさんあったけど、なにかを見つけたって話はなかったからね。もっとも、生気を理解していない人がいくら行ってもそりゃあわからないだろうけれど」
ヨシフミはそう応じ、瑠奈の顔は深刻なものになった。
「ガセならいいけど、罠だと困る」
「……なにか音が聞こえたりする?
マジで言うとおり、罠だとしたらヤバいからさ」
聴覚嗅覚は、ジェヴォーダンの獣である瑠奈の方が鋭い。だからヨシフミは聞いたのだが、瑠奈は首を横に振った。
「山の麓に車の音はするけど、普通に生活道路が通っているし、罠かどうかなんてわからないよ。ここからじゃ、木に邪魔されて麓はぜんぜん見えないし」
「見てこようか?」
そうヨシフミが言ったのは、夕闇迫るこの時間、コウモリが飛んでいてもなんの不思議もないからだ。
「止めた方がいい」
「なんで?」
ヨシフミは聞き返す。
「罠を想定するなら、こっちの手の内はバレていると思った方がいいから」
「考えすぎじゃない?」
「私も、そうだとは思うんだけど……」
あやふやに濁す瑠奈だったが、その内心には警報灯が灯り始めていた。瑠奈はそれを信じている。長く生きてきて、その警報灯に裏切られたことはほとんどないのだ。ヨシフミのような若造には、まだまだわからぬ感覚だろう。
もしかしたら、判断を誤ったかもしれない。
来るべきはここではなく、成田空港だったかもしれない。現金で航空会社の窓口担当の横面を叩くようにして、ファーストクラスでもなんでも確保して日本を離れるべきだったのではないか。
黒服たちの組織の全容もわからないまま、ヨシフミの提案に乗ってしまったことを瑠奈は後悔し始めていた。
第18話 失態
に続きます。




