第13話 社会人経験
それから待つほどもなく、瑠奈は戻ってきた。
ヨシフミが先ほどのパトカーが大挙して山道を上って行った件について、必死に語るのを瑠奈は聞き流した。車の助手席に座ったヨシフミがさらに興奮して言い募るのに、瑠奈はぴしゃりと言った。
「うるさい!」
と。
「だって、僕たちが蒼貂熊を倒したことが……」
「だから、うるさい!」
「僕たちの存在がバレちゃったら、この国で生きていけなくな……」
「もう一度言う。うるさい!」
「……なんなんだよ」
不満と不平がたっぷりのヨシフミに、瑠奈はため息をついた。
「この国はね、法治国家なの。そのことの意味もわかんないの?」
「そのくらい、わかるよっ。
鳥獣保護法だっけ?
それに、道路損壊の罪だって……」
「つくづくバカね、ヨシフミ。こんなこと、説明させないでよ。
アンタ、一回はきちんとどこかに就職して、社会人として他人の釜の飯を食った方がいいわ。世の中の仕組みを知らなさ過ぎる」
「僕、ヴァンパイアだから、飯は食っても意味ないんだけど」
「日本人のくせに、そんな例えも知らないのっ?」
「フランスの人のくせに、日本に来て150年のおばあちゃんに言われたくな……」
びたん。
運転しながらの瑠奈の左手でのひっぱたきだったが、ヨシフミの身体はシートにめり込み、リクライニングアジャスタ(背もたれの角度調整の部品)だけでなくシートレールまでが悲鳴のような金属音をあげた。
「……なんでだよ」
人間だったら身体が破裂するほどの打撃だったのだが、ヴァンパイアにはさほどの痛みすら与えられていないようだ。でも、その口調は不満たらたらだ。
「うるさい、馬鹿」
むしろ、その追い打ちの方がヨシフミには効いた。
「……なんでだよ」
俯いて、芸もなく同じ言葉を繰り返すヨシフミに、瑠奈はため息を吐して説明をした。
「ヨシフミ、覚えておいて。
犯罪には、『行為』と『行為の主体』、それから『行為の客体』が必要となるの。
AがBを殺した。そしたらAが『行為の主体』、Bが『行為の客体』、そして殺すことが『行為』となる。今回の件にあてはめたらどうなると思う?」
「僕たちが『行為の主体』、蒼貂熊が『行為の客体』、『行為』は殺したこと」
「だから、なんで私たちが『行為の主体』なのよ?」
「僕たちが殺したからだろ?」
「どうやって?」
「噛みついたり、投げ飛ばしたりして」
「だから、どうやって?」
「えっ?」
「裁判の場で、どう説明するの? 被告人、内山瑠奈の罪状を言ってみなよ」
そこでヨシフミは理解した。
自分にせよ、瑠奈にせよ、被告席に座らせることは不可能だと。
「呪われて殺されたとかで呪った人を殺人罪で逮捕できないでしょ。科学的に相関が立証できないと、法は適用されないの。だから呪いなんか『行為の主体』に絶対ならないの。
で、私とヨシフミのことを知らない警察が、どうやって私たちと結びつけるの?」
「それはわかったよ。でもさ、現に2頭の蒼貂熊の死体が……」
「その2頭が喧嘩して、共倒れになったんでしょ」
「ああっ!」
ヨシフミはぽんと手を叩いた。
言われてみれば、警察はそのストーリーで事件を解決するしか手がないのだ。
「むしろね、警察は逃げたら追ってくる。
だから逃げずに聞かれたら『知らない』と答えるだけ。そこにいて答えることが大切なの。それがこの場合の最適解で世の中の仕組み。なんでそんなこともわからないかなぁ」
「今ならわかる」
「だから、遅いって。偉そうに答えるな」
瑠奈にけちょんけちょんに言われたヨシフミは、なぜかとても嬉しそうだった。
第14話 東北行
に続きます。




