第10話 蒼貂熊の免疫
だが……。
決めてかかるのは危険ではあるが、ヨシフミの考えでは蒼貂熊の身体は自ら少量の生気を生産するとともに、他のものを喰って奪って溜め込むタイプとしか思えない。なぜなら、やたらと貪り食う反面、瑠奈とヨシフミのように爆発的な生気の利用ができていないからだ。
蒼貂熊の怪力は、あくまで物理で説明の付く範囲なのである。
ヨシフミのように、トン単位のものを100mも投げ上げることなどできはしない。
ただ、問題はそこからである。蒼貂熊の生気に対する特性は、誰が「設定」したのかということだ。
こちらの世界では、生気を物質化して小さなナイフ1本を作るのに6万人の人命が必要だった。それほどこちらでは生気が希少なのだ。
だが、蒼貂熊ならば3000頭もいれば同じものが作れるだろう。
こうなると、蒼貂熊がいた世界には、ある程度の生気があったとしか思えない。あったからこそ、生気を濃く持てる身体なのだ。
そして、たとえそうであっても自分の世界にとどまっているのであれば、通常の生物の進化の範囲内の免疫でことは足りる。
つまり、この特性は、異世界に派遣される前提で付与されているのだ。
なお、自分の世界にとどまっていても、生気による完璧な免疫系があるにこしたことはないのではないか、という指摘もあるかもしれない。
だが、どこの世界であろうと、生きている間は毎日鍛え上げられている免疫系に、生気が入り込む余地はない。
逆に生気の力が入り込めば、免疫系はあっという間にその力を失う。その方が、生物としては失うものが大きすぎる。なぜなら、そうなってから生気を失ったら、絶滅以外の道が残されていないからだ。
蒼貂熊はそんなリスクを伴う免疫系への生気の利用が可能で、さらには生体としての強度も相当なものだ。なのに、爆発的な生気の利用ができないということは、蒼貂熊が人造生命体であることの証拠であろう。蒼貂熊の造物主は、異世界間の生気の任意な持ち込みを規制しているか、まったくできないようにしているのだ。
これは、あまりに恣意的な「設定」ということだ。
それに……。
不死に近いヨシフミも瑠奈も、死ぬことの意味を理解している。
生物は死なねばならぬのだ。
生気によって、若返る細胞と老化細胞すら許さぬ完璧な免疫系を持ち、その結果として不死すら得たとして、それは決してその種の勝利を意味しない。
なぜならヨシフミも瑠奈も死なないからこそ、なんの変化も得られない。あまりに強い究極の生命体であるがゆえに、進化の余地がない。
瑠奈の2000年の寿命ならまだしも、ヨシフミの一万年を超える寿命となると、それが無視できないほどの結果を呼び込む。
一万年未来に人類は滅びているかもしれないが、より進化をしている可能性もある。その生命のサバイバル・ゲームから、ヨシフミは完全に弾き出されているのだ。
そして、不死で怪力という特性すら、長い時間の中では新たな種のなんらかの方法で超えられてしまう。
走り続けていなければ、そこにいられない。赤の女王は、常にすべての生物に過酷なレースを強いている。不死を手に入れたヨシフミは、同時に不戦敗をも手に入れたのだ。
第11話 クロマンタ
に続きます。
次話から話が動きだします。




