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大食の侵襲 -異世界からの肉食獣-  作者: 林海
第二章 人外のふたり

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第4話 ルーナから瑠奈へ


 母狼の胎内でC.R.C.の秘儀を受けた娘、ローゼもそのまま人狼として生まれた。ローゼは人間としての教育を受け、18世紀のフランス・ジェヴォーダン地方で養蚕業の人間の男と結ばれた。山間の美しく穏やかな村で二人は幸せに暮らし、やがて娘が生まれた。その娘はルーナと名付けられた。


 だが、その幸せは長くは続かなかった。

 フランスを席捲した蚕の微粒子病によって、父親は養蚕の生計の途を奪われた。

 さらにその頃、ジェヴォーダン地方では、狼の毛皮を被った男による連続猟奇殺人がおきていた。また、本物の狼に襲われることもあり、ローゼは襲われた村娘を救うために姿を変えたことがあった。その目撃談からジェヴォーダンの獣の伝説が生まれ、その濡れ衣がさらに一家を追い込んでいった。


 

 そしてついに、不幸はおきてしまった。

 その日、母親は、いつものように娘と遊んでいた。

 娘も、いつものように無邪気に笑っている。

 ただ、母親の顔色だけが、蝋のように白い。顔にかかる髪だけが、燃え上がるように赤く見えた。

 

 娘に見せていない背中からは止めどなく血が溢れ、床の血溜まりはじりじりと、今も面積を増やし続けている。


 帰ってきた父親と目が合うと、母親はあやすように娘に語りかける。

「さて、ルーナ。

 もう、お母さんは遊んであげられない。

 これからルーナは、お父さんと遠くまでお出かけするのよ。お母さんはお留守番しているから」

 娘の顔が歪む。

 涙がこぼれ、泣きながら母親にしがみついた。おそらくは、幼いながらも、なにかを予感しているのだ。


 母親は、娘を抱かかえ上げ、笑いかけながら抱きしめてその耳を塞ぐ。そして、父親に向けて言った。

「まさか、見えないところからいきなり撃つとはね。そして、その弾が当たるだなんて、さすがに予想外だった。

 あなた、ルーナと銀貨(エキュ)を持ってすぐに発って。

 さっきの狩人が犬を連れて戻ってきたら、一家皆殺しよ。私は、この家に火を放って、私自身を焼き尽くすから」

「ローゼ、そんなことできるわけが……」

 そう言う父親の唇と膝は、ともに止めどなく震えていた。


「ごめんね。

 あまり話していられない。私、もう保たない。

 ……私がこの家、それにカイコの病気も持っていく。

 そしてあなたが、ルーナを幸せにするの」

「俺は、俺は……。

 俺の寿命はあまりに短い。

 ローゼ、お前がいないと、ルーナはずっと独りに……」

 父親は、なおも訴えかけた。


「ほら、あなた、ルーナを受け取って。

 あなたなら大丈夫。安心して任せられる。

 だから、今は逃げて」

 母親は、蒼白をこえて土気色の顔色のまま、底光る眼で父親を見やる。

 父親も、その眼を正面から見返した。


「ローゼ。

 愛してる。また会おうな」

「ええ、あなた。

 いつまでも待っている。また会いましょうね」


 父親は、娘を抱き取ると走り出した。着の身着のままに。

 娘は父親の腕の中、叫ぶかのように泣きだす。


 その悲痛な泣き声が遠ざかっていくのを聞きながら、母親は灯火の油、食用の油を床と壁に撒きだした。その油の上に、すでにほとんど身体から流れ尽くしてしまった血の残余が降りかかる。

 家の出入口まで油を撒き、いつもの自分の居場所、台所まで戻って、ついに母親は床に崩れ落ちた。


 残された最後の力で腕を上げ、震える指先で床に撒かれた油を、竈の残り火まで引き伸ばす。


 引かれた向きとは逆向きに、油の線に沿って火が走り出した。

 もはや、母親の目は、その炎を映すだけの力を残していなかった。

 ローゼは、自分の夫とルーナを守って、自ら炎の中で死んだ。



 その後、父親はルーナを連れてジェヴォーダンの地を離れ、食うや食わずのところから農園を拡大し、ルーナを育て上げた。成長したルーナは、父の農園をさらに拡大したが、フランスでの養蚕業の命運は尽きていた。

 ルーナは農園をブドウ畑とし、ワイナリーとした。そして、その収益から、生物学者のパスツールに執念というべき資金援助を続けた。

 そしてついに、蚕の微粒子病の病原菌が突き止められ、フランスからその蚕の病は駆逐された。ルーナは、父母の仇を討ったのだ。

 だが、蚕の微粒子病への対策は確立されたが、フランスの養蚕業は復活できなかった。すでに担い手はおらず、さらには養蚕新興国である日本の存在が大きかったからだ。


 技術は残った。しかし、産業は壊滅している、

 このような状況の中、ルーナは明治維新直後に設置された富岡製糸場に、フランスからのお雇い外国人として来日した。工女たちの教婦ということで、女性の技術者が求められたのだ。


 ルーナとしても、ワイナリー経営も楽しかったが、母との思い出は養蚕とともにあった。そういう意味では感傷から始まったことではあったが、桑の栽培から繰糸、揚返(あげかえ)しに至るまですべての知識を持つルーナは工女たちから慕われ、徐々にフランスに帰らねばとは思わなくなっていった。

 そしてそのまま生気(プネウマ)の秘儀により黒髪の姿に形を変え、名も瑠奈と変えて日本で暮らし続けることになった。

 なお、瑠奈の外見はこのときに決定した。今の瑠奈はかなり小柄だが、当時としては平均よりいくらか大きかったのだ。


 その後、フランスのワイナリーは法人化され、瑠奈はそのオーナーとしての自分の経済基盤としている。そして図らずも2カ国で生活することで、書類上のルーナ、瑠奈はより上手く代替わりができているのだ。

 たとえば初等教育はフランスで家庭教育とし、中高は日本で受けることで、外見上の問題はクリアできるのだ。もっとも、日本での中高生生活は、繰り返し繰り返し過ごさねばならなかったのだが……。



挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

日本に来る前と、日本に来たあとw

花月夜れん@kagetuya_ren さま、ありがとうございます。


第5話 決着

に続きます。


本日の顛末は、ここなのです。

https://ncode.syosetu.com/n7958gv/53

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