第3話 薔薇十字の秘儀
瑠奈のような存在が、現代の日本で生きているのにはそれ相当の理由があった。
瑠奈の正体は、人狼に分類される生き物だ。しかも、人工的に作り出された存在である。
フランスはパリ、そこで未だに語り継がれている狼害がある。1450年、「パリの狼」と呼ばれた赤毛の狼の群れがいた。住人を40人も喰い殺したのだが、当然そのままでは済まされなかった。狼の群れはノートルダム大聖堂の前に追い詰められ、皆殺しにされたのだ。
ただし、そのうちの1匹は、身重だったために仲間からはぐれ、ただ1匹ノートルダム大聖堂の前に辿り着けなかった。
仲間をことごとく殺されたことを知った身重の雌狼は、人間に対する復讐を誓いながらパリを離れ、日の沈む方向に進みながら到るところで人を襲った。
そして、ついに年配の修道士に捕らえられた。
罠にかかり、宙に釣り上げられた赤毛の雌狼は、凶暴かつ虚しく空を噛み続けた。
修道士は、絶望に荒れ狂う狼に優しく話しかけた。
「お前は殺さないよ。
お前の怒りはわかる。
だけどね、お前には人の怒りもわかって欲しいんだ。
お前は100を超える人を殺し、いにしえのガレノスのいう生気を体内に溜め込んできた。
私はその生気を誘導し、お前に、知恵と長寿を与えよう。
私は、C.R.C.。
お前は人と獣を繋ぐ存在として、これからはその両方の怒りを背負って生きていきなさい」
赤毛の狼は、自分がなにをされたのかの理解はできなくても、人語を解すようになった。さらには、人の姿を取ることすら可能になった。
人とは、狼の、羊や牛の狩りを妨害する生き物ではなく、羊や牛を育て、増やしてきた者だと理解した。
人の立場を理解すると、狼と相容れない立ち位置にいることも理解することができた。
そして、殺し合う以外の道を選ばなければ、狼に未来はないことも、だ。
「私は、これからどうしたら良いのでしょうか?」
「これから生まれるお前の子たちも、お前と同じ力を受け継ぐだろう。
このまま狼の生活に戻ってもいい。
もはやお前は、人を襲うことはないだろうから。
学ぶのであれば、母子ともども私と一緒に来るがいい。
私もまだ道半ば、だ。
エルサレム、イエメンで学び、モロッコからドイツに帰る途中だが、やはり生まれた地のドイツから世の中をより良く変えたいと思っている。手伝ってくれたらありがたいな」
よくよく見れば、修道士は年配と言うより、もはや老人と言っていい。身にまとう雰囲気は若々しいのに、肉体には相応の労苦を刻まれてきたのだ。
その修道士が、狼に対して怖がることなく、温和な眼差しで照れたように語る。
人語を解するようになったとは言え、赤毛の狼は狼の質も残っている。
赤毛の狼は、その質のままに、この修道士を自分のリーダーとして認めた。
凶暴なまでの強さではなく、その温和な眼差しに対して服従を決めたのは、それでも狼の質が幾分かは変化したからかもしれない。
生気、これを他の世界では「魔素」と捉え、また別の世界では恒星間航行のワープ時に構成される、亜空間回廊の外側の位相を理論数式で描いたとき、その存在が暗示されるものと捉えられている。
こうなったのには理由がある。物質でありエネルギーでもあって質量変換すら可能なこれが、宇宙の中であまりに偏在していたからだ。生命の生まれた恒星系世界ごとに、その濃度によって科学に組み込まれるか、魔法のような伝統文化的な扱いでごく自然に利用されるか、そもそも存在に気が付かれないか、と対応が変わった結果でもある。
そしてここ、太陽系地球ではあまりにその存在は薄く、再現性のある実験はほぼ不可能である。一度限りの現象は、科学の観察対象になり得ない。そうなると、オカルトに分類され、正規の研究対象から外されてしまう。
だが、古くから科学の歴史は、オカルトをも組み込んできた一面を持っている。極めて平易でわかり易い例を挙げれば、魔物や妖怪扱いされてきたUMAが捕獲され、実在した動物であることが確認され、既存の生物学の分類に取り込まれることなど当たり前にあるということだ。
生気、これを他の世界では「魔素」と捉え、また別の世界では、恒星間航行のワープ時に構成される亜空間回廊の外側の位相を理論数式で描いたとき、その存在が暗示されるもの。これについても、空を掴むような話ではなくなってきている。原子から素粒子へ、素粒子からクォークへと理解が進む中で、真空や無という概念すら変わってきた。
そして、一見して、正気とも思えない理論ほど真実に近いとすら言われる。
ゆえに、例は少なくとも繰り返し事象が観察されるこの問題も、いつまでもオカルトの領域にはいられないだろう。
我々の宇宙はどこから生まれ、どこに行き着くのか。
ビッグ・バン以前の宇宙にはなにがあったのか。
いずれこの分野の研究は、その問いにすら答えを与えるかもしれない、
第4話 ルーナから瑠奈へ
に続きます。




