第139話 閑話休題 雅依と珠花1ー2
だって、見てみるがいい。
目の前の赤羽が、意識を失っている間藤紗季のために生命を賭けている。
これはこれで美談かもしれないけど、これで赤羽が死んだらどうなる?
紗季はそれを引きずらずにはいられないし、恋人なんか作ろうもんなら周囲からどんな非難を浴びるかもわからない。
雅依と珠花から見たら、こんな不合理はない。紗季は意識を失っていて、それこそなにもしていないではないか。なのに知らぬ間に、一生の重荷と足枷だけ嵌められるのだ。
これで本当は、「紗季は赤羽のことが嫌いだった」なんてオチだったら、悲劇を超えた喜劇になってしまう。もちろん、観劇のお代は紗季の人生だ。
そんなこと、雅依にしても珠花にしても許せるはずがない。
かと言って、今、珠花が死んだら並榎は1年でそのこと忘れるだろう。それも当然のことだけど、珠花にとっては悔しく許しがたい事実である。
となると、逆に雅依と珠花の利害は一致する。
だからこそ、密かに話をする機会が必要だったのだ。
「並榎が自分から告白したのなら仕方ない。だけど、それまでは……」
「うん、わかってる。言われなくても十分に」
そう言った雅依の目は果てしなく冷たい。そしてその先には、匍匐前進を続ける赤羽がいる。
雅依だって思っている。並榎に思いを伝えてしまえれば、どれほど楽になれるだろう? と。
だけど、並榎のために必死でそれを耐えているのだ。それに耐えられない赤羽に対して、その目が冷たくなるのは仕方がない。
「私、死ぬ気はないよ。ないけど、それとこれは別だもんね。
でも、並榎が意思を示したら、私はそれを無駄にはしないよ。死ぬなら、そのくらいの幸せは抱いて逝きたいもん」
雅依は並榎の思いに気がついている。でも、珠花も雅依に負ける気はなかった。
「……させないよ」
「どういう意味?」
「白旗を揚げさせられるかもしれないけど、自分からは揚げない。
私だって足掻くし、無事に帰るまでは絶対に決めさせないよ。だって、恋人の関係になる前に雅依が死んだのなら、並榎も忘れられる。引きずるにしても、遥かに短期間で済む。落穂拾いみたいで悔しいけど、私が慰めることもできるよ。私がいるだけで、並榎は雅依のことを忘れられる」
「……珠花、アンタが死ぬって未来は考えたことはないの?」
その雅依の質問を、珠花は予期していた。
「あるでしょーよ、そりゃ。
でも、今の私はそんなことは考えないよ。たとえ今、蒼貂熊が現れたとしても、赤羽喰わせて逃げるもん」
「……このクソ女」
雅依の呟きに、珠花は即、問い返した。
「人のこと、言える?」
「……言えないな。私、珠花が赤羽喰わせて逃げるなら、赤羽は『紗季のためとか止めときゃよかった』って泣いていたって嘘言うわ。そうすれば、紗季は解放されるもん。ま、この方向だったらどんな嘘でもいいんだけどね。赤羽にはピエロになってもらう」
「だよね。
やっぱ、さすがは雅依だわ」
2人はそう言ってくすくすと小さく笑い合う。匍匐前進していなかったら、ハイタッチしていただろう。
「並榎は、そういうのわかっているよね」
「うん。
優しすぎるほど優しいから、きちんとわかっているよね。
やっぱ、わかんない奴はヤバいわ。暴走しない男子ってだけで希少価値があるよ」
「なら珠花、鴻巣でもいいじゃん?
アレもきっと暴走しないよ」
雅依の提案に、珠花はつくづく勘弁して欲しいという感じになった。
「アレは赤羽とは別角度にぶっ飛んでるから論外だよ。ああいうのは女では自滅しないけど、もっと別のなにかのために周りを巻き込んでやらかすタイプだ。それができる能力があるだけ、余計に質が悪い。赤羽の方が、周りを巻き込まないだけ何倍もマシ」
「やっぱりそう思う?」
「やっぱりって、なによ、その質問。同じこと思っていたなら、私に『でもいいじゃん?』なんて聞かないでよ」
「だって、珠花が並榎を諦めてくれるかもしれないじゃん」
雅依の言葉を珠花は鼻先で笑う。
「私、諦めないよ。並榎の優しさにつけ込んででも。
ここでの戦いが終わるまで、雅依とは絶対くっつけさせないからね」
「イヤなのに見込まれちゃったなー」
「イヤって言うな」
そう言って、雅依と珠花は再びこっそりと笑い合う。
赤羽が上半身を起こし、家庭科室の扉を開けていた。
第140話 閑話休題 雅依と珠花2ー1
に続きます。
あと数話で第一章が終わります。




