第135話 鴻巣の遺言6
未来を信じるってのができなきゃ、人は戦えない。
完全な負け戦しか見えてなかったら、戦うより逃げるのが当たり前だ。で、負けたあとに皆殺しにされるって場合は戦うけど、こんな絶望的なことはない。戦い方だって、ヤケクソにしかならない。
そんな中で、北本が再び未来を見つけられたのは良かったけれど……。
冷たい手で僕の右手を掴んでいた、宮原の目は完全に据わっていた。そして、いきなり強く引かれた。
「ちょっと、並榎!」
「なに?」
初めて聞いたな、こんな宮原の声。
強く手を引かれた僕は、身体を半回転させられて宮原と視線を合わせていた。宮原の目は怒りに満ちていて、燃え上がらんばかりだった。
「なに?」
僕は、気圧されながら同じ言葉を繰り返した。宮原がなにに対して怒っているのか、僕にはまったくわからなかったんだ。
「アンタ、どういうつもりよっ?」
……宮原にアンタ呼ばわりされたは初めてだ。後輩に対して使ったのは聞いたことあるけど、僕に対して使われたことはない。
目も眩むほどの怒りってのを、宮原は抱いているのだろうか。
「わからない。
『どういうつもり?』って、なんか僕は変なこと言ったかな?」
そう答える僕に、大きなため息で返してきたのは北本だった。
「……わかんないの?」
「わかんない」
「ま、並榎だしね」
一体全体、なんなんだよっ。僕のこと、そういう落とし方するなよっ。それに、なんでそんな一瞬で共闘できるんだ?
「あのね……」
そう宮原は切り出した。
「冗談で済むことと済まないことがある。
今の進路希望は、冗談じゃ済まない。あの人たち貶しているわけじゃないの。でも、なんていうか、裏の世界の人たちでしょ?
そんな世界に、自分から入ろうって、どういうことよ?
たとえこんな状況であっても、真っ当に働いて、真っ当に生きるのが人として当たり前でしょ。並榎は、並榎のご両親に、今の判断を説明できるの?」
ああ、そういうことか。納得。
「宮原の言いたいことはわかるよ。
わかるけど……。
鴻巣は死んだんだ。きっと、自分の生命で自分の判断の失敗を償おうとして。だけど、生きていたらさっきの僕と同じことを言っていた」
「並榎は並榎。鴻巣じゃない。なんでいちいち『鴻巣だったら』って、そんな進路を考えるのよ。さっきの人たちだって、『鴻巣に引っぱられて自らの判断を誤るな』って言っていたじゃん。それに、『嫌われ、怖がられるのが仕事だ』とか、『きれいな仕事ではないし、報われることなどない』とか、『もっと良い働き口はいくらでもある』とか……」
なんでだろうか?
宮原、最後は涙声になっていた。
「違うんだ。宮原、それは違う。
北本も聞いてくれ。
僕は鴻巣に引っ張られてなんかない。ただね、鴻巣に比べたら、自分の小ささに気がついてしまったんだ。アイツは間違っていた。でも間違った理由は、僕よりも広い視野を持っていたからだ。それだけで、僕はアイツには敵わないと思う。なのにさ……」
「さっきの人たちは、さらにその上を行っていたって?」
と、これは北本。
「そうなんだ。
僕は僕のことをそれなりに評価していた。だけど、今回の件で気付かされたことがたくさんある。僕の器は思っていたより小さかったし、視野も狭かった。
宮原は『一番槍で凄い』と言ってくれたけど、でも僕の心の中心にあるものは怯えなんだ。その限界も自覚せざるを得なかった」
そうだ、この2人には僕のこと、きちんと話さないと。それで愛想を尽かされたら、それはそれでもう仕方ないよな。
第136話 鴻巣の遺言7
に続きます。




