第133話 鴻巣の遺言4
「並榎君。
君の言うことは一見正しい。だが、今回はそうではない。その意味がわからないのか?」
笑みを浮かべたままの言葉に、僕は改めて考える。そして、最初からこの男たちの言動を思い起こす。
……なるほど、そういうことか。
「反攻作戦が開始されるんですね?
どういう形になるかまではわからないけど、これから2年の間に……」
「ああ、そうだ。
並榎君、君は蒼貂熊と戦った。その脅威はよく理解していると思う。だが、我々はもう一つ先を考えざるを得ないのだ。
偵察役は、蒼貂熊だけなのか?
そもそも、蒼貂熊は偵察役ですらないのではないか? と」
僕は殴られたような衝撃を感じた。そして、自分の愚かさに恥ずかしくなった。
鴻巣。オマエが生きていたら、生きていてくれたら、きっと自力でそこまで考えていたんだろうな。
僕は、オマエの高みには行けないよ。こんなにも自分の器の小ささを自覚したのは初めてだ。ここまでくると、悔しいというよりひたすらに悲しい。
「蒼貂熊という存在は派手すぎる。我々はまずそこに疑念を抱く。
戦いとは論理だ。したがって、敵がこの世界のものであろうと異世界のものであろうと、威力偵察から始めた蒼貂熊の行動は愚行でしかないと言い切れる
そもそも、偵察というのはこっそりやるものだ。観察者による変化はもっとも忌むべきことだからな。だが、なにかに対する対応からその対象の能力を読み取るのは、偵察の常套手段だということも忘れてはならない」
「その、誰がどこで見ているかわからない状況の中で、しかも今の情報統制ができない社会体制の中で、僕が風説の流布をやらかしたら……。しかも、それが大幅にピント外れだったら……。
あなたたちもネット上での世論工作をしているだろうけど、対応が追いつかなくなる可能性がありますね。
そしてこれは、この半年とかの短期間でも、反攻作戦に大ダメージを与える可能性があります。結果として、人類の自滅すらありうる……」
「そういうことだ。わかってくれたか?」
僕はそのまま頷く。
「鴻巣の残した考察は、遺言となって僕たちの中に残っています。蒼貂熊の背後にいる、異世界からこちらを窺っている相手を忘れるなって。
そして鴻巣は、僕たちに『人類の戦略のために犠牲になれ』とさえ言ったんです。それに比べたら、黙っていることなんか……」
「なるほど。
この学校の生徒の危機対応に対して情報収集をしてきたが、たしかに鴻巣は逸材だったようだな」
「過去形が悲しいです」
喉の奥にこみあげてくるものを必死で飲み下しながら、僕は答えた。
そうなんだよ。こんな黒服との話、本来なら鴻巣がやるべきことだったんだ。オマエがいないから、僕がスペアになったんだぞ。僕がこんな気持になっているのも、みんなオマエのせいだ。
「了承してくれたのなら、我々の仕事は終わりだ。
だが……」
真ん中の男は、僕の顔をじっくりと見た。
その目に僕は迷いを読み取った。このまま回れ右して帰るところを、この人はなにかに迷っている。
その男は軽く舌打ちすると、口を開いた。
「並榎君。君の顔を見ていたら、もう一言言いたくなった。
鴻巣くんは逸材だった。だが、彼は正しくない。だから、そこに引っぱられて自らの判断を誤るな」
「どういうことですか?」
僕、今言われたこと、本当にわからなかったんだ。
第134話 鴻巣の遺言5
に続きます。




