第119話 蒼貂熊の跳躍
地域防災センターが見えてきて、僕は走りながらも何度も自分の目を疑った。
煌々と照明がつき、倉庫のような建物の正面のシャッターは全開だ。そして、その前で3年生が大盛りあがりに盛り上がっているのだ。なんか、バーベキューセットが並んでいないのが不思議なほどだ。
地域防災センターは、倉庫みたいな作りだ。だから、トラックに荷物を積みやすいように、床が高くなっている。その高くなっているのをいいことに、ステージパフォーマンスみたいなことをやっている連中までがいる。
あまりの光景にどうしていいか迷ったのか、北本のスピードが落ちた。北本のスピードが落ちれば、全員のスピードが落ちる。
このまま走ってしまったら、無防備な生徒たちの中へ蒼貂熊の乱入を許すことになる。北本が迷うのは当然だった。
「走れ。迷うな。岡部たちを疑うな!」
僕の声に、北本のスカートの裾が再び翻る。
僕だって、確信があるわけじゃなかった。
だけど、ここまであからさまなことをやっているんだから、裏がないと考える方が可怪しいはずだ。もっとも、岡部や行田がもう諦めてしまって、最期に肉じゃなくてクソを焼くパーティーだったら目も当てられないけどな。
北本が、疲労で身体を重く感じているのがわかる。それでも、再び加速して必死で走っている。
なのに、これによって生じたわずかな間は、致命的な事態を招いてしまっていた。僕たちの走る円陣が不意に暗くなり、反射的に上を見上げれば、僕たちの頭上の月の光に満ちた夜空に真っ黒なシルエットが切り抜かれている。
その肉食獣としての姿は無駄がなく、優美ですらあった。だけど同時に、大量の死傷者の予感に僕の心は凍りついていた。走り続けていなかったら、その場にへたり込んでしまうほどに、だ。
やっぱり、後を付いてきていやがった。
蒼貂熊が僕たちを跳び超えたのは、僕たちを襲うのは無駄だと判断しているに違いない。眼の前に大量のご馳走があるのに、小鉢なんかつつかないってことだ。
それでも着地した蒼貂熊の後ろ姿を追おうとして、僕は反射的に北本をその場に ずり倒す。どううやっても、宮原には手が届かない。
次の瞬間、僕の頭の上を蒼貂熊の太い尻尾が薙いで行っていた。
「宮原!」
僕の悲鳴より、宮原が前方にダイブする方が早い。後ろから僕の行動を見ていた坂本とその後衛の3人は、余裕を持って地面に伏せていた。
奇跡的に誰も怪我をしなかったのは、たぶん蒼貂熊が本気じゃなかったからだ。3年生の群れを食い荒らすのを優先するつもりで、僕たちを殺そうとしたのは行き掛けの駄賃以外のなにものでもない。前に向かって跳躍しながらの尻尾の振りだから、浅かったしタイミングも攻撃として振るのより甘かったんだ。でなきゃ、間違いなく殿部隊の誰か死んでいた。
蒼貂熊が着地し、そのまま次の跳躍に入る。
そこで、今さら蒼貂熊に気がついたのだろうか。シャッターが閉まり始めた。どうやら電動らしく、ゆっくりゆっくりと、だ。なに考えているんだ?
これじゃ中には入り込まれちゃうから、籠城は成立しない。全員殺されるぞ。
第120話 トラップ
に続きます。




