第116話 賭けの内情
宮原の考えていたこと、僕にもわかるような気がする。もちろん、無事に生き延びられたら、直接聞いて確認しようと思うけれど。
蒼貂熊、音楽室へ行ったあと、なかなか戻っては来なかった。そのせいで、僕は蒼貂熊に後ろを取られたんだ。
おそらくは蒼貂熊、弓道場の倉庫で鉄扉を叩くなり体当りするなり、相当に粘ったに違いない。蒼貂熊からしてみれば、仲間の声がしたのにその姿が見えないわ、仲間の声だけは怪しい箱からしているわ、その場所からの複数の人間のニオイが倉庫に逃げ込んでいるわ、これは当然そういう行動になるよな。
で、狭い倉庫の中に閉じ込められている先生たちは、どれほどの恐怖を味わっただろうか?
僕たちがバリケードの中で蒼貂熊の攻撃を受けたとき、自失し、果ては失禁までしちゃった生徒もいた。それに匹敵する、いや、それ以上の恐ろしさだったに違いない。鉄扉をがんがん叩かれるとか、みしみしと押されるというだけで、眼の前にダイレクトに死がちらついたはずだ。
さらに、まっちょな体育の先生たちの中で、紅一点の武藤先生のストレスがどれほどのものになったことか……。宮原はそれを正確に想像したんだ。逃げる前から逃げたあとまで、途絶えることなく恐怖があったのは間違いない、と。
それでも、宮原が篭原先生と約束までしてしまったのは賭けだったろう。武藤先生に限らず、倉庫に逃げ込んだ先生たちのうちの誰かが体調を崩すのは、確率としては7割くらいかもしれない。でも、3割はそうじゃない。その場合、宮原は篭原先生のスマホを強奪することまで考えていたはずだ。
そこまでの覚悟を決めていたからこそ、あそこまで篭原先生を追い込む言い方ができたんだ。
さらに言えば……。一旦スマホを強奪したら、宮原は篭原先生を装ってメールを打つことになる。きっと、それも最初から考えていたことだ。だからこそ、さっきのメールを打つ指先にも迷いがなかった。
宮原はそこまで根性を決めて、分の悪い賭けではないにしても現実に勝って見せたということになる。てか、思い出してみれば、最初から自分で「運試し」って言っちゃってた。こうなるのを予想していたの、間違いないのかもしれないな。
「くっ、やっぱり1回じゃ、西山にメール、送れない。
しばらく送り続けてみるね」
宮原の声に、さらに受信音が重なる。もちろん、宮原の手の中のスマホからだ。
それをちらっと見やった宮原がつぶやくように言う。
「……まずいことになってる」
「まずいって、なにが?」
当然、確認するよな、それ。また悪いニュースでうんざりするけど、知らないわけにもいかない。
「弓道場のとこの倉庫で、武藤先生が酷い過呼吸を起こしているみたい。全身が硬直して、失神しかけていて、あまりに辛くてそれもできないくて……」
そこで、篭原先生が立ち上がった。
「そこまで酷い過換気症候群だと、生命に関わる。私は純子を助けに行く。あとは、宮原さんの指示に従って!」
「5分だけ待ってください!」
今にも飛び出していきそうな篭原先生を、僕は、そう制していた。
第117話 走り出す
に続きます。




