第115話 宮原 雅依(かえ)
篭原先生は、武藤先生に連絡をとる。校内LANだから、通信に問題はない。だけど、スマホの画面に滑らしている指がはたと止まった。
「どうしましたか、篭原先生?」
そう聞いたのは宮原だ。もしかして宮原、なにか予想していたのだろうか。
「なにかありましたか?」
僕もそう聞いてみる。
「……武藤先生が倒れているって」
「それは大変ですね。
武藤先生、早くなんとかしてあげないとですけど、こういう場合、さっきの約束はどうなるんですか?」
そう畳み掛けたのは宮原だ。
宮原、なにか気がついていたことでもあったのだろうか。それに、この事態だと、逆に待つという選択はかなり厳しいものがある。小さな倉庫で、密室状態で体育教師の中で紅一点の音楽教師。それが倒れちゃったんだから。
「篭原先生。約束でしたよね。なにかあったら、助けを待つことにするって。ということは、倒れた人を密室に閉じ込めて、放っておく選択をするということでいいですか?
少なくとも、私たちが蒼貂熊をおびき出せれば、篭原先生は武藤先生を助けに行けますよね。それに、私たちが戦うかどうかは予想でしかなくて、戦わないかもしれないんですけどね」
篭原先生、畳み掛ける宮原になにも答えられず、スマホを握りしめている。
「先生。先生は、健康で無事で私たちより、倒れちゃった人を救うべきなんじゃないですか?
応急処置ができるのは、この校内で先生しかいないんですよ」
「私は、生徒のためにいる存在なわけだから……」
「同僚は見捨てると?」
宮原の舌鋒はどこまでも鋭い。
校内で若い女性の先生は少ない。その少ないうちの2人だ。今の宮原の問いは相当に効いているはずだ。
「生命が掛かっている問題と、ただ倒れていて生命に掛かっていないのであれば、それは……」
「並榎、さっき死にかけてましたよ。それを助けてくれたのは篭原先生だったじゃないですか。
そのときの話だと、ショックや低体温でも簡単に人は死ぬんでしたよね?
武藤先生がそういう状態じゃないって、今のやりとりだけでわかったんですか?
しかもそれ、素人判断でしょ?」
宮原の口調は、さらに厳しくなった。これはもう、追い込むってヤツだ。
「そ、そんなの、わからないわよっ!
だけど、どうしていいかわからないじゃないっ!」
「先生、声が大きい。死にたいんですか?」
篭原先生、宮原のその言葉がとどめになった。その場で崩れ落ちて、顔を覆って泣き出してしまう。本当にどうしていいか、わからなくなっちゃったんだろうな。
宮原は、そんな篭原先生の手の中からスマホをそっと取り上げた。そして、すばやく画面に指を走らせていく。
「武藤先生は倒れちゃったけど、一緒にいる体育の先生がスマホを操作して、メアドを送ってもらうことができた。本人さえいれば指紋は認証できるから便利だわ。これで西山莉愛に連絡がつく」
僕は疑いを抱いた。
宮原、今のメール、篭原先生のアドレスから送ったわけだよな。で、細かいことはすべて飛ばして……、つまり、篭原先生になりすまして聞いたってことだよな?
僕は内心に浮かんだ疑問を黙殺して、宮原に言う。
「じゃあ、西山に明日の朝、明るくなりきる前にそちらに走ると。蒼貂熊を1頭引き連れていくから、協力を求む、と送ってくれ。あとはそちらに任せる、と。こちらに武器はほとんどない、と」
「わかってる。今入力が終わるから送る」
僕と宮原の呼吸はびたりと合っている気がした。
第116話 賭けの内情
に続きます。




