第113話 北本珠花(みか)
僕のお願いに、篭原先生は素直には頷かなかった。
「それはいいんだけど、今の話だと、君たちは蒼貂熊と戦うつもりだよね?
立場上、私はそれを止めなきゃなんだよね」
「……残り1頭まできたんです。これを倒せれば、僕たちは家に帰れるんです」
「このまま、ここと地域防災センターで籠城を続けていても、明日のお昼ぐらいまでにはさすがに助けが来るかもしれない。病院に運ばれた子もいるわけだからね。
そうなら、危ない橋を渡る必要はどこにもない。
今までの君たちの判断は正しかったと思うし、そこについては尊敬までしている。だけど、明日早朝の戦いについては賛成できない」
……なんだろう、この説得力は。
僕が独りで突っ走っちゃっているからと、宮原に止められた。で、その僕たちまでが突っ走っちゃっているからと、篭原先生に止められている。
なんか、僕は自分の判断が不安だよ。
ぼうって照らされたみんなの顔、迷いに満ちている。
「いいえ、それでも私たちは戦うべきなんです」
えっ、北本?
なんでそんなこと言い出した?
なんか、やたらと確信がある口調だよね。
その疑問とともに、僕は北本が家庭科室に行ったときのことを思い出していた。
北本は家庭科部。どこまでも女子らしく気が利いていて、小さくて可愛い存在だ。だけど、その中身は違う。けっこう好戦的だし、いざというときの割切りの判断も早い。その姿に驚いたのは、僕だけじゃないはずだ。
「北本さん、なんでそう思うの?」
篭原先生の問いに、北本は焦ることなくゆっくりと答えた。
「助けは来ないと思うし、そう思っていた方がいいからです」
「どういうこと?」
これは、篭原先生以外の全員が感じた疑問だろう。
「簡単なことです。
映画だったら、ぎりぎりのところで助けが来ます。結果、みんな救われて、嫌な奴は取り残されて死んで、めでたしめでたしで終わります。でも、実際におきた災害のニュースを思い出してください。大抵、回収されるのは死体です。なんやかんやと手間取って、助けは遅れるんです。みんなうまくいくのなら、鴻巣だってここにいたはずなんです」
言われてみればそのとおりだ。
北本の言葉は強いな。そして、さらに畳み掛けてきた。
「そもそもですよ。間に合うようなら、とっくに警察か自衛隊がここまで来てくれているはずなんです。でも、その2つが未だに来ないということは、来れないんです。で、来れないということは障害があるからで、その障害がきれいに片付く保証なんかどこにもありません。法律が悪くても、他の被害を受けている学校に掛り切りでも、どっちも一晩で問題解決なんかしません。来ないものは来ないんです。病院に運ばれた生徒たちが、みんな口を揃えて今の私たちの危機を訴えてくれたとしても、それでも自校は他校より被害が少ないんですよ。
で、なにもしないで待っていて、明日のお昼になったら、明日の夜もそのまま学校で過ごすことになります。そうなったら明後日の朝、なにも食べられないで1日過ごして、今よりずっと体力が落ちた状態で戦うかどうかの判断を迫られます。こんなの、私からしたら論外です。
私たちだけじゃありません。倉庫に閉じこもっている音楽と体育の先生たち、水もトイレもありません。今晩耐えるのが精一杯じゃないですか?
職員室だって壊滅状態とはいえ、生き延びて隠れている先生だっているはずです。その先生たちだって、増えてしまった24時間を耐え続けられるとは思えません」
しーんとした。
誰もなにも言わなかった。いや、言えなかったんだ。
第114話 リスクもリターンも私たちが負う
に続きます。




