第112話 首の皮一枚
坂本の顔がぼんやりと浮かんだ。
鴻巣のスマホを立ち上げて、地域防災センターへの連絡をトライし始めたんだ。次の瞬間、照らされたその顔がふっと暗くなった。
「充電器はありませんか、篭原先生。さすがにそろそろバッテリーが……」
ちょっと切羽詰まった感じの小声で坂本がささやく。
考えてみれば、鴻巣のスマホの画面とはいえ、小さく明かりが点いたことで蒼貂熊への恐怖が増したんだろう。
「あるけど……」
「あるけど?」
「学校の電源で私物のスマホの充電はできないから、充電器は車の中なのよねぇ。
昔、校長に直談判に来た保護者がいたのよ。税金泥棒だって」
……なんだよっ、ソレ。
そんなんで僕たちはまた窮地に陥るのかよ!?
地域防災センターと連絡を取るのには、しつこくトライを繰り返す必要があるのにっ!
憤然とした僕たちに、篭原先生は深刻な声を崩さない。
「だから、内緒にしておいて欲しいんだけど、机の上のノートパソコンからのUSBケーブルで充電できるから」
坂本がへにゃへにゃと床に座り込んだ。よほどに安心したんだろう。
暗闇の中でも、篭原先生の動きに迷いはなかった。
すぐに差し出されたUSBケーブルを、坂本はスマホに差し込み、スマホの画面が再び明るくなる。僕たちの表情もなんだか明るくなった。
そして、再び坂本の顔が絶望に沈んだ。
「……鴻巣の指紋がないんだ」
あ……。
今度は僕も含め、全員の顔が絶望に沈んだ。
なんてことだ。
スマホのロックを外すには、これから蒼貂熊の潜む暗闇の中、階段下倉庫まで行ってスマホを死んだ鴻巣の指に当ててこないといけないのか。2つの意味で怖すぎる。
「なんか手はないの?」
北本の声に、佐野の声が質問で答える。
「パスコードはわからないの?」
「知るわけないじゃん。もっともパスコードにしちゃいけないんだろうけど、鴻巣の誕生日ですら知らないよ」
地域防災センターと連絡が取れなければ、どうしようもない。
折角の宮原の作戦案だったのに。
そこへ、篭原先生の声が掛けられた。
「私のスマホなら使えるけど」
さすがです、篭原先生。全員の顔に一気に生気が蘇った。
「だけど、私は生徒のメアドは知らないし……。ほら、個人情報は管理が厳しくてね。生徒のメアドは厳密に管理されているから、担任と学級委員とか、部活の部長とその顧問ぐらいしか繋がりはない。
それに職員も、誰が無事で返答を返せる状態なのかわからない。君たちの話だと、音楽の武藤先生と体育の先生がたは無事らしいけど、職員室は壊滅状態だから」
「……体育の先生と音楽の先生って、無駄じゃね?」
奥の声だ。いきなりの「遮断」と「無駄」って言葉の強さに、みんなが息を呑む気配がした。
「なんでよ?」
「ブラスバンドと体育会系の部の部長、病院送りで地域防災センターにはいないぞ。無事な体育会系はみんなここにいるし」
「えっ!?」
「……そんな」
みんな口々に呻く。その輪の中心にある鴻巣のスマホのロック画面の明かりで、みんなの苦渋の顔が闇に浮かぶ。
「でも、奥の言うとおりだ」
「合唱部と軽音部は?」
北本が聞く。
そうだな、音楽の先生が顧問やっている可能性は高い。
「うん、もしかしたら合唱部はセーフかも。でも、軽音部は顧問、音楽の先生じゃなかったはず。ブラバントと合唱部は指揮者が先生ってことあるけど、軽音はそういうことないし、活動内容も音楽よりイベントに傾いてたからね」
そう答えたのは佐野だ。それを受けて、僕は篭原先生に頭を下げていた。
「篭原先生、すぐに武藤先生に連絡をお願いします。合唱部の西山莉愛に連絡できれば、首の皮一枚でつながるんです!」




