第106話 相当するだけのリターン
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そもそも蒼貂熊は最初、力押しでバリケードを破ろうとしていたんだ。それがどんどん知恵をつけて、屋上に陣取ろうとまでした。だから、僕たちはそこから引きずり下ろしたんだ。
僕たちの戦いは、蒼貂熊の考える作戦に成功体験を与えないためだったと言っていい。でも、だからこそ、蒼貂熊も試行錯誤を続けているに違いないんだ。
宮原は話を続ける。
「蒼貂熊が逃げたあと、私たちはすぐに並榎を助けに行った。だけど、並榎を襲った蒼貂熊はトイレの入口に嵌まり込んでいて、あまりにぶんぶんと尻尾が振り回されているので近づけなかった。
あの尻尾に薙ぎ払われたら死んじゃうよ」
その声には、恐怖が色濃く混じっていた。
そうだな。その恐怖、とってもよくわかる。
アナコンダのような腕1本ですら、ラグビー部の体格の良い男子3人プラス僕でも抑え込めなかった。その3倍は太い尻尾が高速で振り回されているんだから、手に負えるはずがない。しかも蒼貂熊の尻尾は、先端まで太さがほぼ変わらない。それこそ重さのある筋肉の塊という凶器なんだ。
じりじりと焦りながらも、尻尾の動きが止まるのを待つしかないという、みんなの顔が想像できた。突進してくる自動車を素手で止めなきゃ友だちが死ぬ。これと同じ難易度の課題を押し付けられたんだから、相当に気を揉んだはずなんだ。
「それでも、並榎が中で戦っているのはわかった。水音はずっと聞こえていたからね。でも、私たちは待つしかなかった。奥から表に回って鉄格子を外して並榎を救うって案も出たけど、蒼貂熊が並榎という目的を失ったらバックして来るのは見えている。そうなったらもう私たちは戦えない。だって、槍が通用しなかったんだから。
なので、トイレの入口に嵌り込んでいる状態をキープしておきたかったから、私たちは並榎を信じて待つしかなかった。
で、尻尾の動きが緩やかになったところで……」
そうか。
僕が絶望の中であがいていたとき、すぐそばにみんないたんだな。てか、みんながいたって前提だと、僕の足掻きは無駄じゃなかったってことだ。これは単純に嬉しいな。
「緩やかになったところでどうしたん?」
興味津々で僕は聞く。槍も効かなかったんだから、かなりの苦労したはずなんだ。
「坂本が蒼貂熊の背中に飛び乗って走った。そして、後頭部の装甲と背中の継ぎ目、鴻巣が槍を刺したところに……」
そこで、宮原は耐えきれなくなったらしい。涙で声がつまり、話せなくなってしまった。
そうか、鴻巣が蒼貂熊を仕留めた場所、そこが蒼貂熊の急所だったんだな。そこなら包丁の刃が入るし脊椎に直結していて動きを止められる。だから坂本も同じようにうまくやれた。こういう急所を見つけられたというのも、鴻巣の戦果なんだ。
きっと、鴻巣なりに蒼貂熊の観察を続け、なんらかの仮説を立てていたんだ。ここに生物部の岡部がいたら、きっと鴻巣の着眼点を教えてくれただろうに。
で、誰かを実験台にするわけにもいかないし、自分で命懸けでその仮説を立証した。鴻巣は幾重にも生命を無駄には使わなかったんだな。僕にも同じことができるだろうか?
自分の生命なんだからこそ無駄使いせずに、それに相当するだけのリターンを得られるような行動ができるだろうか?
怒りや恐怖に任せて突っ走るだけじゃダメなんだ。
第107話 トイレのドア、Good Job!
に続きます。




