第105話 試行錯誤
「2頭の蒼貂熊、私たちの裏をかくためか、中庭からやってきたのよ。でも、音も立てずにやってきても、鴻巣のことは無視できなかった。鴻巣を食べようと頭を下げたんで、私たちは蒼貂熊の死角に位置取ることができた。一斉に槍を投げようとしたら1頭が並榎の方に行っちゃって、音も立てられないから矢で知らせた。
で、残って鴻巣のニオイを嗅いでいた1頭も、その矢に気がついてそっちに行こうとしたから、みんなはその背中に一斉に槍を投げた」
それって、鴻巣を食べるの中止して、より活きの良い僕を食べようとしたってことなのか?
なんか、少しも嬉しくない。「目利き」の対象が自分自身じゃ洒落にならん。
「投げ槍は効いたん?」
僕の問いに、宮原は首を横に振った。
「2本が軽く刺さっただけ。やっぱり無茶苦茶硬いわ。
でも、振り返ったところに奥の投げた赤紫蘇ボールが炸裂した」
「そいつはすごい!」
僕の声に、奥はにやにやと笑った。内心、「してやったり」という思いでいっぱいなのだろう。
「フォークで眼の前で落としてやった。あの腕に、空振りさせてやったぜ」
「……マジか」
僕は素直に感心した。さんざん矢を掴み取られたトラウマがあるからね。これはマジですげーや。蒼貂熊の振り返りざまってことだから、運が大きかったのかもしれないけど、それでもすごいことに変わりはない。蒼貂熊が対応する時間を確実に奪った結果ってことなんだから。
それに、こういうのは少し大げさに振る舞わないと、雰囲気も気持ちも果てしなく落ちてしまう。鴻巣はもういない。僕だって、座り込んで泣きたい。でも今は、見て見ぬふりをしてでも戦意を保たないとなんだ。
「で、それからその蒼貂熊はどうなった?」
「逃げた」
「マジか?」
シンプル極まりない答えに、僕は思わず聞き返していた。
僕たちを食うことに対しての執念からすると、信じられないほどあっさりとした撤退だ。殿部隊全員を薙ぎ払うぐらい、簡単にできたはずなんだから、もう一当て戦ってもよかったんじゃないか?
なのに、なんで逃げたんだろう?
たとえ2本でも槍が刺さったのが大きいのかな?
投げ槍、こちらからの有効打だったのは間違いないけど、軽く刺さっただけで、そこまでダメージを与えたものと言っていいのかなぁ?
北本が宮原に代わって答えた。
「廊下でへたり込んでいる仲間の蒼貂熊を見て、ビビったのかも……」
うーん、それ、正しいのかな?
仲間の死体があるからって、ビビるような蒼貂熊じゃなかったはずだ。となると当然、なんらかの考えがあってってことになる。
今まで蒼貂熊に共食いは観察されていない。肉の量からしたら、鴻巣より動けなくなっている蒼貂熊の方が遥かに多いだろうに、だ。それでも喰わなかったんだから、なんらかの禁忌はあるのだろう。
だからって、仲間の死体には近寄らないというのもなかった。本当に、どういうことなんだ?
「逃げたと言うより、自分のフィールドじゃないって気がついたんだろうな。だから、また襲ってくるよ」
と、これは佐野だ。僕と同じ疑問を感じての補足なんだろうな。
うん、それならわかるような気がするな。僕も蒼貂熊が尻尾を巻いて逃げて、二度と襲ってこないなんてことは信じられないよ。そして、「自分のフィールドじゃないって気がついた」っていう佐野の意見は、言葉以上に深く考えないといけない気がする。
第106話 相当するだけのリターン
に続きます。




