第104話 保健室
はっと気がついて、僕はがばっと上半身を起こしていた。
全身が痛い。
僕は、薄暗い保健室のカーテンで囲われたベッドの上。乾いたジャージを身に着けていて、首筋から覗く胸は包帯でぐるぐる巻きになっていた。で、このジャージ、ちょっと窮屈でサイズが小さいような気がする。
そして、僕の目の中に最初に飛び込んできたのは、10cmくらいの至近にある坂本のにやにやとした顔。
想像してみて欲しい。野郎友だちが、薄暗い中、自分のベットに潜り込んできて顔突き合わせた状態で笑っているんだぞ。
「ひっ!」
思わず僕は、驚きと恐怖で悲鳴をあげていた。これはもう、蒼貂熊とは別種の恐怖だ。
「さ、ささ、坂本、な、なんなんだよっ!?」
歯の根も合わないって、こういうことなんだろうな。恐怖のあまり下顎ががくがくして、まともに喋れないんだ。
「宮原と北本が死にかけたお前を温めると言って聞かなかったんで、俺たち男子が交互に温めてやったんだ。ほら、並榎、オマエってば、女子に温められたら満足して死んじゃうだろ?
そうならないように、俺たちだって嫌で仕方なかったけど、ほら、こうしてああして……」
「やめろ。
近づくな!
怖いし、汚い!!」
坂本、「やめろ。近づくな!」まではにやにやしていたけど、最後の「汚い!!」で酷く傷ついた顔になった。
「並榎、気がついたの?」
カーテンを開けてそう声を掛けてくれたのは、保健室の篭原先生だ。
「僕、死んだかと……」
「打撲と出血からのショック状態の上に、ずぶ濡れになって低体温症も起こしてた。初夏だからってまだ水は冷たさを残しているし、あのまま放っておかれたら死んでたかもしれない。とはいえ、背中の傷の大きさと深さと、今の爪の色からして、出血は500mlぐらいで済んだんじゃないかな」
「えっ、とんでもない血溜まりができてましたが……」
そうだよ、上靴の中だって、血が貯まってちゃぷちゃぷいってたんだ。
「ああ、そんなもん、そんなもん。
500mlって無茶苦茶多いから。ペットボトル1本ぶちまけたら、すごい範囲で濡れるでしょ。しかもそれが水混じりで増えて、しかも色が赤だからすごく広い範囲に見えちゃうのよ。だけど、輸血まではしなくてもいい量だと思うから。もちろん、あとで医者にはきちんと行ってよ」
……1回の献血が400mlだから、それに気を盛ったくらいか。それならたしかに平気だろう。
てか……。
篭原先生、この状況の中で、あえて希望的観測を言っているのかもしれない。科学的に正しい絶望的観測を語ることもできるし、でもそれは僕たちが動けなくなってしまうリスクを孕んでいる。
うん、それならそれで、その希望的観測に乗ろう。それで何一つ困ることはないんだから。
とはいえ、自分で自分の爪を見てみると、いつもと変わらないように見える。そうか、これが白くなると貧血だっていうもんな。篭原先生も、そう気休めばかり並べたわけでもないんだろう。
「なんで僕はここにいるんですか?」
なんかまだ、夢見心地なんだよ、僕は。
「……それはね」
そう引き取ったのは宮原の声だ。
顎を上げて、頭のてっぺん方向に目を向けると、宮原と北本が立っていた。これ、近すぎて気がつけないパターンだ。
この2人が無事でいてくれて、僕はとても嬉しい。
第105話 試行錯誤
に続きます。




