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大食の侵襲 -異世界からの肉食獣-  作者: 林海
第一章 相馬県立鷹ケ楸高校

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第99話 狙撃


 ……静かだ。

 おそらく、今非常階段を駆け下りているのは3年生だろう。足音が抑えられていて、闇雲に急いでいる感じじゃないからだ。それ以外、なにも聞こえてはこない。救急車も到着してサイレンを切っているのだろう。間藤、中島、蔵野、五十部、五十部の後輩たち、僕の後輩の上原、そしてインシュリンの持ち合わせのすべてを失っている松井は無事に乗れただろうか。


 僕は曲がった矢にアルトリコーダーの吹口を被せ、弓弦につがえた。

 蒼貂熊の姿が遠くに見えたら、すぐに射らねばならない。走り出していく生徒たちに気が付かないように、だ。蒼貂熊が校舎の廊下を進んできて、初めて生徒玄関での待ち伏せが生きるんだから。


 未だに蒼貂熊の姿は見えない。

 音楽室のスピーカーが足止めに成功しているってことなのだろうか?

 それとも、先生たちが逃げ込んだ鉄筋コンクリートの倉庫を破壊しようとして、時間を掛けて頑張っているのだろうか?

 それにしてはさっきまで聞こえていた、音楽室の方向からの蒼貂熊の咆哮は止んでいる。音楽室のスピーカーは、すでに破壊されてしまったのかもしれない。


 僕はなんだか手持ち無沙汰になってしまって、蒼貂熊の襲撃以来、初めていろいろと考えることが億劫になっていた。本来なら今こそ考えなきゃなのに、さすがに疲れていたんだ。ベルトで締め上げて固定している折れた肋骨も痛みを訴えていたし、集中できなくなっていても仕方がない。

 でも、蒼貂熊が現れたら、きちんと戦うから……。

 僕は自分にそう言い訳して、もう一度深呼吸した。


 その息を吐ききらないところで、僕の右耳の横で風切り音がした。僕の目が飛び離れていく矢を認識する。さらに遅れて、その矢の矢羽が耳に触ったってことに気がつく。

 反射的に振り返った僕は、2mほどの距離で正面から蒼貂熊の大きな口と相対していた。


 こんなときに時が止まるなんて嘘だ。

 瞬時に僕は絶望し、生きることを諦めていた。

 だけど、僕の身体は、恐怖ですくむ前に勝手に動き出していた。蒼貂熊の口に向かってだ。たぶん、今朝の僕にはできなかった行動だろう。今日1日で、僕という人間はこんなことができるまでに変わっていたんだ。


 それにさっきの僕の右耳をかすめた矢は、宮原が放ったもので間違いない。声をあげて僕に知らせると、蒼貂熊が反射的に僕に襲いかかってしまうかもしれないと思ったんだろう。そしてきっと、僕ならなんとか切り抜けるとも思っての行動なのだろう。それにしても、和弓でここまでの精密狙撃とはいい腕だ。僕が気がつくように至近を、それも蒼貂熊の身体を避けてピンポイントで射ているんだ。雅依(かえ)、ちょっとズレたら僕の右耳が吹き飛ばされていても不思議はなかった。それを射れるって、今日一日できみも変わったのかな。

 そこまでの思考は、思考らしい経路を辿ったものじゃなかった。一瞬で、そこまでが頭の中に降ってきたんだ。


 雅依(かえ)、きみに買われているなら、もう少しだけあがこう。

 蒼貂熊に至近距離まで近づかれてしまった僕にとって、逃げ場は1か所しかない。このまま後退(あとじさ)ったら、校舎の外に出てしまう。広いところで蒼貂熊と向き合うことになったら、戦いなんか成立しない。ただ無為に喰われて終わるだけだ。しかも蒼貂熊は、僕を喰ってすぐに吐いて、階段から駆け下りている3年生に襲いかかるだろう。

 絶対に、そんな事態を引き起こすわけにはいかない。だけど前に出れば、喰われる可能性も高いけれど、わずかでも逃げ切れる見込みが生じるんだ。

第100話 生きている間は戦い続ける

に続きます。

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