090 まぶしぃ……干からびるぅ……
図書館での情報収集をした日から、更に二週間が過ぎた。
─三月上旬─
まだまだ肌寒く、衣替えには早かろうという時期。
「いたたたた……」
少し早めに目が覚めた俺は、ベッドの上で胡座をかいて自分のステータスカードを眺めていた。持久力と魔力の項目の数値が、また少し上がっている。
最初に変化があったのは、特訓から一週間後。雀の涙ほどではあったものの、ステータス値が上がっていたのだ。
そこから三週間。痛む体と引き換えに、俺の体は確実に強くなっていた。
こう数値に表れてくれると、努力が実ってる感じがしてとても良い。
まぁ数値が伸びているといっても、実感できるくらいになったのは最近なんだよね。
走っても前よりは疲れにくくなった気がする。
…………まだパーティー最弱の座は脱却できて無いけど。
俺は視線を少し移動して、スキルの欄を見た。
この一カ月で覚えたスキルは
火属性付与、土属性付与、そして風属性付与。
どれもメロエ師匠から教わったバッファーの得意スキルだ。
バフとは少し違う気もするが、属性付与は分類的には増強系魔法らしい。
基本的に魔力を鍛えたかったのであまり新しいスキルを教わっていないが、代わりにマジックボールの威力も幾らかマシになった。
俺はステータスカードから、まだすやすや眠る仲間達に視線を移す。
隣で眠るカゲトと、その向こう側のベッドで眠るリメア、ツユを眺めた。
カゲトは相変わらず騒々しい寝息を立てている。
リメアはロイから、回復魔法の基礎であるヒールの魔法と、持久力の回復(すなわち息切れ)を補助するリカバリースタミナを。
カゲトはナイトなので新しいスキルを教わる事は殆どなかったが、この間オネエさんから『周りに使える武器が無かった時の護身用に』と、滅殺闘拳を教わっていた。
ただ、カゲトの魔法持久力が低い事もあって、物理攻撃ではあるものの二度ほど撃つのが限界のようだった。
…………てかオネエさん、そんな大技軽々と使ってたのかよ。
本当に凄い人だ。
ツユはというと、俺と同じように魔力と持久力を中心に鍛えていた。
この間ステータスが上がったと言っていたので、こちらも成果は出ているようだ。
「よいしょっ……と」
俺は筋肉痛で痛む体を動かし、ベッドから降りる。
そして歯磨きと洗顔のために洗面台へと向かった。
全て済ませると、すっきり爽快部屋に戻る。
「おはようミツル。なんだ、今日は早いではないか。いつも私に起こされるまでぐっすり寝ているというのに」
「おはよう。いやさ、なんか早く目覚めちゃってね」
俺と入れ替わりでツユが洗面台へ向かう。
俺はカーテンをシャッと開けた。
「うっ……」
「まぶしぃ……」
「二人とも、朝だぞー!」
突然差し込む光に、二人が顔を顰める。
「おいミツル……カーテン戻せ……」
「まぶしぃ……干からびるぅ……」
いや干からびないよ。
リメアはなよなよとベッドから出ると、カーテンの前までやってきた。
シャッ……
「おい、せっかく開けたのに閉めるんじゃない」
「まだ眠いの……」
俺は再びカーテンを開ける。
「開けないで……」
再び閉ざされる。
俺はまたカーテンに手を掛けるが、今度は手首を掴まれた。
「やめなさい」
「いや、朝だし」
「やめなさいぃ」
膨れっ面でリメアが抗議してくる。
と、そこへ歯磨きと洗顔を終えたツユが戻ってきた。
「ほれカゲト、目を覚ませ! 今日は探偵に依頼に行くんだろ? リメアも、二度寝はさせないからな」
「…………ほらね?」
俺はリメアに『だからその手を放せ』と視線を送ってやる。
「むー!!!」
「イタタ、イタ、やめっ……イダァァァ!! ちょっ! マジで! 筋肉痛なんだって! ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
「ったく、朝からうるせぇなぁ」
おおカゲト、いつの間に立ち上がったんだ。
カゲトはそのままのそのそと洗面台へと向かっていった。
「ほらリメア。いじけてないで、洗面台行っておいで」
「子供扱いしないでよね!」
リメアもドシドシと足音を立ててカゲトに続いて行く。
「……ちょっ! 今俺が歯ぁ磨いてんだよ! 割り込んで来んな!」
「うるさいわねカゲト! 私、ミツルのせいで今機嫌悪いんだからね!」
「だからって俺に当たるな! おいミツル、ちょっとこの狂犬女神をなんとかしてくれ! ……っておい水溢れてる! リメア、お前……」
全く、朝から騒がしい奴らだ。
***
リメアが朝イチの天界報告を済ませた後。
俺達は例の探偵社へと向かっていた。
「ええと、その道を曲がって……」
貼り紙のメモをとってくれていたツユの誘導に従って、俺達は町の中を進んで行く。
町の中心へと向かう大通り。
そこで俺はある人物とすれ違った。
「おや、こんにちは」
「あ、こんにちはぁ」
突然の挨拶に対して咄嗟に返事をする。
軽く挨拶を交わすと、その人は俺達と反対方向に向かって行った。
「…………美人さんだなぁ。ミツル、あれ誰だよ」
「この国の騎士団長さん。転移事件以降、国の警備として辺りを巡回してるらしいよ」
「へぇ。でもよ、お前いつの間にあんな美人騎士さんと知り合いになったんだ」
美人騎士、か。
確かにあの人、綺麗な白銀の髪にオッドアイだし、美男美女の多いこの世界でも突出して美人さんだよね。
「ほら、持久走してる時だよ。俺皆より遅いからさ、あの人の巡回周期と被る時があって。ちょっとだけ話したのさ」
話したと言っても
『特訓頑張れ』
『警備頑張ってください』
くらいだけどね。
「なるほどなぁ。体力が無いとそんなメリットがあるのか」
「カゲトお前、俺のことバカにしてる?」
「いやいや違うって」
違うと言いつつ笑ってやがる。
「本当? …………てかリメア、どうした?」
カゲトを問い詰めようとした時、隣で歩いているリメアの視線が、後ろを歩き去る美人騎士に向いている事に気がついた。
「いや……考えすぎかな。ごめん、なんでも無い」
「見惚れてたんだろ? な」
「違うよカゲト。ただちょっと……ね」
ちょっと……なんだよ。
「リメア。何かあったらすぐに俺達に言ってね。何か考えてるんでしょ? その懸念がもし本当だった時、何か助けてあげられるかもしれない。ほら…………俺達仲間、でしょ?」
俺の言葉にリメアが目を丸くした。
「驚いた。ミツルがそんな事言うなんて」
「な、なんだよ」
「ミツルお前、自分で言っといて何赤くなってんだ」
「うるさい、ほっとけ!」
俺とカゲトのやり取りにリメアはふふふと笑った。
「ありがとう。……さっきあの人とすれ違った時にね、僅かにだけど神聖力を感じ取った気がしたんだ」
「神聖力って、天界にしか無い力の、あれ?」
「そう。この世界には確かに無いんだけど、一つ例外として、私みたいな神は自身の体から神聖力が漏れ出てるはずなんだ。それをね、あの銀髪の女騎士さんの体から感じた気がして……」
なんだよ、かなり重要な事じゃ無いか。
「でもでも、そんなはず無いから多分、私の勘違い。お父さんには一応報告するけど、急ぎじゃなくても大丈夫」
「そっか」
なんだか嫌な予感がする。
「他にもなんかあったらすぐに俺達に言ってね」
「俺達仲間だから、な!」
おいカゲト。俺を肘で突っつくな。そしてニヤニヤするな。
「ここを右だな」
そうこうしていると、ツユが狭い路地に折れた。
「今度は左……と」
「なぁツユ、本当に合ってるのか?」
カゲトが不安そうな声色で尋ねる。
俺達は、路地裏をどんどん奥へと進んでいた。
かなり道が狭く、薄暗い。
「あぁ、大丈夫だ。心配ない。私は学校卒のエリート探検家だぞ? 道くらいすぐにわかる」
道が合っていたとして、この道が正しい事が不安なんだが。
「今度は右折して……」
角を曲がると、建物の入口が見えた。
「着いたぞ」
正面にあるは、三階建の建物。
扉には『アイラ探偵社』と掛けてある。
「なんというか、味のある建物だね」
「ミツルの言いたい事、私わかるよ」
俺達四人は依頼をする為、扉を開けたのだった。




