086 調査団一行③
時は少し遡る──。
ミツル達がディテク公国を目指してアドベルンを離れた頃。
調査を終えた調査団は丸一日かけ、首都へ戻った。
***
ベルン共和国連邦首都 ミードベルン
我々調査団には魔法持久力が低く、テレポートを使用できない団員も多数いる。
そんな団員や、兵団の兵士が迅速に現場に駆けつけることのできる環境。
それを整える為、国の中央に位置するミードベルンが首都と定められていた。
私は部下を引き連れ、調査団本部へと向かっていた。
本部は騎士団と併設で、町では国会議事堂に次ぐ大きさを誇っている。
町の中をしばらく歩き、本部の前に到着した。
「皆、ご苦労であったな。しっかりと休養を取るように」
「「「「「はっ」」」」」
私の言葉に、団員の緊張が解ける。
「今回も大変だったっすねぇ」
「ええ、ですがこの異常事態です。次もあるかも知れないと思っておくのですよ」
「うへぇ、もう勘弁っすよ」
ストルとグラスが、そんな話をしながら宿舎に戻る声が聞こえた。
全く呑気なものだ。
私は自身の執務室に戻る。
そしてグラスから受け取った、今回の調査結果をまとめた資料を眺めた。
ダンジョン内の残存魔力量計測結果に、魔物、動物、ドロップアイテムの種類、及びドロップ率のデータ。
「それと……」
私は、今回の調査で最も重要であり、そして最も不可解な事象が書かれた資料に行き着く。
闇属性魔力反応と光属性魔力反応の混在。
周囲の魔力を吸い取り自身の魔力とする、正体不明の魔物。
仮名称"ゾンビエンジェル"。
魔力乱流を引き起こし、周囲の生態系に悪影響を及ぼすであろうスキル。
この異常な記録の数々を、どう報告すれば信じて貰えるだろうか。
私は頭を悩ませながらも、資料に付随させる報告書の執筆に取り掛かった。
***
団長リパダの率いる調査団がミードベルンに戻った次の日の早朝。
大統領官邸 執務室
ベルン共和国連邦第19代大統領ラスハントは、調査団から提出された資料に目を向けていた。
「ふむ……」
その内容に、頭を悩ませる。
そしてそのどれもが、要領を得ない。
非現実的な事がこの報告書の殆どを占めている。
魔力乱流を引き起こす程に、周りの魔力を吸い取ってしまう高出力の魔法。
光と闇の反属性混合。
そして、それとは別に記録されているクエスタと言う人物。
私は机に置いてあるベルを叩く。
チリンという音が響き少し経つと、扉がノックされた。
「どうなさいましたか」
扉を開け、秘書が入室する。
「国政会議を開催する。議員と調査団長、その他役員を緊急招集せよ」
「了解しました」
秘書は一礼をすると、急いで部屋を後にした。
***
同日 午後 日の入り前。
ベルン共和国連邦第19代大統領ラスハントの権限の元、国政会議が開催された。
「此度の招集に応じてくれたことに、まずは感謝を。そして単刀直入にいう。この報告書について、詳しく説明を願いたい」
今回の招集内容は、『アドベルンでのアンデッド襲撃事件の詳細とその対策』である。
しかしまずは問わなければならない。
この報告書は本物なのか、と。
調査団の団長が、嘘を吐くとは到底思えない。
しかしながら、ここに書かれた出来事の全てが正しいとなると、これは国──いや、世界を揺るがす大事件だ。
今回の会議に参加している調査団員は五人。それぞれ調査団内の班長である。
その中で、防衛班の班長及び調査団団長のリパダが立ち上がった。
「はい。では皆さんに、お手元の資料を見て頂きたい。仮名称をゾンビエンジェルとしましたこの魔物の対策案でありますが……」
「いや、対策の事ではなく、私はこの報告書の内容が全て正しいのかと訊いているのです」
ラスハントの言葉に、リパダはそう来たかと思う。
確かにそうだ。
全く未知の魔物が国内のダンジョン化した遺跡から生まれた事や、その他数々の異変。
疑われるのも無理はない。
返答に頭を悩ませていると、グラスが立ち上がる。
「ここに記載されているゾンビエンジェルの資料は、全て事実であります。団員や町の住人数名が目撃、相対した事例です」
「ではこのクエスタ、と言う人物は?」
「こちらの人物に関しましては、調査団が直接接触した訳ではありません。ですが、町の冒険者ほぼ全員が彼の者と接触、そして戦闘を行っております」
「そうか……。分かった。貴方がたを疑うつもりは無いのです。ただ、どれもがとても信じられる内容では無く……」
ゾンビエンジェルはまだ良い。それが新種の魔物だったとすれば、可能性はある。
だがこのクエスタという男。
人間は完全な魔物由来の魔法である魔力吸収のスキルを覚える事は不可能であるはずだ。
かつてそれを成そうとした数々の人間が実験に失敗し、命を落としてきた。
「私どもは、この男の詳細を冒険者から聞き取り、一つの仮説を立てました。こちらの報告書にも記載した通り──」
団長リパダは、資料のある位置を目指し、掌でドンと机を叩く。
「──ネクロマンサー、であります」
ネクロマンサー。
人間と魔物は互いに反発しあう。
かつて、冒険者の新たな職業を開拓しようとした数多くの研究者が目指した、魔物とのハイブリッドである職業の一つ。
「まさか。その研究は今や非人道的であるとの理由で禁止されている筈では──」
一人の議員がそう告げた。
「たしかにそうです。ですが、魔力吸収の魔法の使用。これが本当であれば、何処かで研究が成功し、男はネクロマンサーという職業となって冒険者の前に現れた──。そう考えるのが一番自然かと」
グラスの返答に、議員からヤジが飛ぶ。
そんなわけがあるか。
結論を急ぐべきではないのでは。
他の可能性は考えないのか。
馬鹿げた結論だ。
そんな議員達を、大統領は手で制す。
「確かに、そう断定するのはまだ早い。だが、仮にそうだったとして、なぜアドベルンを襲った? 男の動機は?」
調査団一行は、俯いて答えた。
「すみません」
「そこまでは、まだ……」
再び議員のヤジが飛ぶ。
「静まるのです! 貴方達もヤジばかりで無く、対策を考えたらどうか!」
大統領は声を張り上げる。
大統領になるには、国民からの大きな信頼が必要である。
このような場において、しっかりとその場に応じた対応ができる事が、ラスハントが大統領に選出された所以であった。
「では調査団の皆に問いたい。その男は、どのような動機があるとお考えですか」
大統領の問いに、ストルが立ち上がる。
「私は! グロードア帝国からの攻撃であると推測します!」
「こらストル、勝手な事を──」
リパダが制しようとしたが、大統領は追って質問をした。
「ほう。それはなぜですか。その考え、詳しくお聞かせ願いたい」
「はい! グロードア帝国は皇帝の政策の元、軍備拡張が行われております! 我が連邦内の都市の一つは、元々彼の国から亡命した貴族の国家。再び我らを支配下に置こうとする考えを、現皇帝が持っていたとすれば……」
ラスハントは、顎に手を当て考える。
現在わが連邦は建国から九十八年。その祖となる国の一つは、君主制に反対した貴族の国である。
かつての因縁や思想の相違から、我が国と彼の国の交易は極端に少ない。
そして、帝国の属国たるディテク公国と我が国との国境には丘が尾根のように連なっており、北は高い山脈に覆われているため、彼の国の侵攻の可能性は低いものと考えていた。
しかしあのような生物兵器があるとすれば話は変わってくる。
この調査団近接攻撃班班長の持論も、無碍にはできない。
「ふむ……なるほど、なるほど」
──彼の国に対して、情報統制を敷くべきかもしれない。
ラスハントは理解の相槌を打った。
会議は、夜遅くまで続いた。




